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ワナビーと筋トレ

これも大雑把に。後日考える用のメモ。

  • ワナビーと筋トレについて思索を深めるなどしたが、結局将来を決めあぐねている年代へ提供されている消費材としての勉強や筋トレや、あるいは日本一ソフトウェア社製品やモンハンや MMORPG や、はたまたニコニコ動画視聴や虹裏監視やモバゲーやりこみなどの、達成感のデザイン優劣というあたりに落ちそうだというかんじになった。
  • なんでまた筋トレかというと、島本和彦アオイホノオ」を読んだら主人公が筋トレしてる描写があって、あーそうだよなこの「とりあえず」感の高い筋トレおれもやったやった中学とか高校とかの頃、と思ったからだった。ワナビー界の大御所である K さんの発言に「あぁ…目指してえな…何かって奴をよ」というのがあって、なるほどと感心したのだけど、やりたいことが決まってなくても内側からみなぎってくるものがある、という状況が若者ならば普通なのかもしれない。
  • あとポテンシャルのうち持続力が陥没してて、かつ目標設定を持続力抜きで見積もりがちなワナビーが、挫折の達人としてのニートにクラスアップする、らへんのこともちょっと考えたりした。スプリント能力がやたら高くて持続力がない、というかんじのひとは、中学あたりまではなにもしなくても天才とか秀才で通っちゃうんだけど、そこまででうまいこと努力の下地を作ることができていないと、高校大学社会人と持続力重要なステージで徐々に周囲に追い越されてしまう的なアレとか。追い越されっぱなしでそのままいってしまうと、結局持続力を持たないスプリンターとして生きていくしかないんだけど、それが結構厳しいわけよね人生長いので。仕舞にスプリント能力も錆び付いたあとは結構ラクなのだろうけど、そうなるまではなかなか「やればできる子」の重荷を捨て去るわけにもいかないという。
  • これもあまり関係ないけど、ネットにおける「現実はクソゲー」的な言説と夜神月の「おれは新世界の神になる」言説は繋がっていて、クソゲー(既存ルール)を捨ててゲームデザイナになろうとする(新しいクソではないルールを作る責務を背負おうとする)若者、みたいな部分で屈折とか挫折とかが出てくるわけじゃね。