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MAD 関連妄想

おれあいかわらず(そしてたぶん今後も)ニコニコ動画のアカウント持ってないんだけど、とりとめなく。

  • 「質は低いが勢いはいい MAD」が最上位を占める、というのは普遍の法則か。
  • 用語「MAD」の指すもの、またそれを取り巻くコミュニティの変遷は大変興味深いのだが(現代ではもはや UGC 的なものならなんでも MAD ということになってる)、90 年代以前の記録を調べるのはかなり大変なのでなんともいえん。けどとりあえず用語自体の生命力の強さは確かなものとしてある。
  • MAD 視点でいうと、ニコニコ動画は「MAD がアリの場」としてほとんど公然認知されていることがかなり重要。ニコニコ以外の場で MAD を発表することは個人として様々なリスクを負うことと同義だが、ニコニコ動画はその障壁を、コミュニティの内部に居るかぎりほとんど感じさせない活動を保障している(ように見えることが重要、という話)。
    • ユーザの気分と管理側のポリシーに相関関係がないとは言わないけど、ログの残る赤信号渡りゲームは相当リスキーなのに、みんな恐れを知らんなーというかんじ。
  • 不良の便所煙草的な美学でいうと、「あいつがやってるんだからおれもやっていい」とか相対的な基準ではなく、「おれが破りたいからこの決まりは守らん!」とかで赤信号を渡ってほしいなーってのはある(が、まあこれは当然同時代傍観者としての無責任な言い様だ)。でもまあそんなのはある主の馬鹿正直者のやることで、近年の「かしこいひと」であることを過剰に求める風潮の中では難しいだろう(もちろん「他人のものブン取って成り上がる正攻法」という点でアニメ「天元突破グレンラガン」は随分おもしろかったのだけど→http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20070911#p1)。そこで登場するのが「校内喫煙にみる新しい学生文化の可能性」勢というわけ(→http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20080207#p1)。不当性に立脚せず正当性を生みだそうという態度は、まさしく正しさで、しかし美学ではないという…。