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ひとが死んだときにしか日記を書かなくなる問題

もうかなり昔の話になってしまうが、matakimika 名義ではない web 日記が、いやそれは「そのジャンルで何かあったときだけ書くやつ」だったので日記ではないなにかだったのだが、ともかくそれの、最新三件の post が「誰かが死んだ日記」になった時点で、更新止めちゃったんだよね。なにか気力が萎えてしまった。ひとが死んでいないことも書いていれば、そんなふうには思っていないのだが、たまたまそのジャンルの関係で、続けて三人死んじゃったので、そういうことになってしまった。

で、それはそれとして、この日記も何年かに一度書けばいいほうみたいなかんじになっていて、そんなふうなら適切なタイミングで全部消したほうが、おれの考えではおれにとっても世界にとって良いことなんだがな、というかんじなのだが、一方「いままさにブログの時代だな!」みたいなパッションを…去年だったか…一昨年のことだったか…思い出せないくらい前に受けたこともあって、いまさら日記でもたまに書く暮らしに戻ろうか、というような気持ちも若干あって、どうしたもんかとボンヤリしている。

日記をやめた日記に日記者がたまーに戻ってきて更新をする、という切欠として「誰か界隈の有名人が死んだ」のタイミングてちょいちょい出てきて、これからドンドンそんなふうになってくんだろうなーと思ってるんだが、あれもなんか積み重なると、最初に書いたような「自分の日記読み返したら、最近全部誰かが死んだ話だ」みたいなことになって、真っ暗になっちゃわないか若干不安よな。で、それより不安なのが、誰かが死んだときに、「ひさびさに日記でも書こうかな、それともあのひとについては書くほどでもないかな」とチラッと逡巡してしまいやしないかということで。おれはいまなにを判断しようとしてるんだと、余計真っ暗になっちまうと思うんだよね。なんか、やだねほんと。そーいうの。日記はとにかく書き続けていないとね。すべてを量で押し流していかないと、一日や二日の感情が、一年や二年のすべてだったかのような気分に後からなって、そんなものはウソなので、

おまえがエヴァンゲリオンだ

運転手はぼくだ、明日の艦長はキミだ、おれがガンダムだ、そういうのはいい。おまえだ。おまえがエヴァンゲリオンだ。おまえはあのとき疑いなく誰よりもエヴァゲリオンだったんだ。

元々エヴァゲリオンが重要なアニメではなかった側のオタでもあり、東京に住んでもいないし、「エヴァンゲリオンを見に行こうぜ!」と言ってくるような友人もいないし、いまは食うので精一杯だしで、おれにシンエヴァンゲリオン劇場版を見に行くつもりは、公開からしばらく経ったいまでも全然ないのだが、この一週間ちょいで、かつてエヴァオタだった人々や、いまもエヴァンゲリオンであろう少数の人々や、エヴァンゲリオン以上にエヴァンゲリオンすぎてグゥともいえない人間や、エヴァよりあとに生まれましたーみたいな人々による、アニメのエヴァンゲリオン感想を聞いたり読んだりはある程度でき、まぁまぁ満足した。あと初代ガンダムこないだ見たわみたいな若オタの話聞いてそれがいまんとこ最高おもしろかったけど、残念ながらおまえはエヴァンゲリオンではない。ともあれまだ足りない。本気のやつを、たぶんあといくつかは読むことができるだろう。ことと次第によっては、映画も見たくなるかもしれないと、期待している。

問題は、おれの視力がもう全然で、とにかくインターネットでエヴァンゲリオンの話を全然検索できなくなっていて、痒いなーたどりつけねえなー、という歯がゆい気持ちがあることだ。あと、かつてエヴァンゲリオンだったほどの人々でも、さすがに 2021 年にもなると、もうそんなにはエヴァンゲリオンでなくなっていて、往年と比べれば量的に減ってる、というのもまぁある。残念なことだね。あとけっこう痛い変化として、ことに破以降の傾向だったようにおれには見えたのだが、エヴァンゲリオンたちがもうあんまりオープンなインターネットではエヴァンゲリオンの話をしなくなっていったんだよね。そのぶん先鋭化した可能性もあるが、まぁおれはそうはなっていないと確信しているが、いずれにせよ、その先の話をおれが知ることは今後一生ないんだよね。破からも 10 年以上が経ったいまとなっては、クローズドで揮発性の高いインターネットのほうが多いくらいの印象だ。「話はしたいが、この話がわかんないやつには聞かれたくない、読まれたくない」と彼らが思ったのだし、そしておれなどは、彼らからみて聞かれたくも読まれたくもない側のド真ん中にいる人間だからな。でも読みたい。しみじみ残念なことだね。都合のよくない世の中になった。もっと悪くなっていく。

エヴァンゲリオンは 90 年代のアニメだが、おれにとってエヴァンゲリオンよりおもしろかったエヴァンゲリオン感想界隈は 00 年代のものだった。9 割どうでもよかったが、1 割超新星のようなやつが紛れていた。エヴァンゲリオンだ。彼らこそがエヴァンゲリオンだったのだと知った。アニメのエヴァンゲリオンの新作が公開されるのは、各地に眠るエヴァンゲリオンたちを呼び起こし、彼らのいまの言葉を読めるチャンスだった。その最後の機会がやってきた。おれは Kanon を忘れても狗法使い氏は忘れない。もはやおれのほうが先に盲てしまった。その姿の多くを見ることは遺憾ながらないだろう。だけどおまえはいまでもエヴァンゲリオンなのだろうと信じる。それすら信じることができなくなっていくことだけを怖れて、暗い坂道を歩いていくよ。

やりきれなくてもやるしかない

おれは「世の中に居てもいなくてもいい人間はいる」と思っているんだけど、同時におれが思う「居なくてもいい人間」は実際にはそのほとんど、または全員が、居たほうがいい人間なのだろう、とも理解しているつもりだ、が、そのうえで「居なくてもいい人間」と認識している人々は居る。つまり、本当は居たほうがいい人間なんだろうなー、と思っている人間に対して、居なくてもいい人間だなー、と感じながら生きている。そんなおれだが「居るべき人間以外は死ぬべき」みたいな熱意は全然ないので安心安全なのだった。ご立派な社会のなかで生活している自覚がない。べつに生まれなくたって構わなかったんだけど生まれてきちゃったんだから仕方ないよねという、居なくてもいいのに生きている人間の集合体が、現代社会といったものだ、みたいな気持ちで暮らしている。おれの思う居なくてもいい人々は、おれの思う居てもよい人々でもある。まとめると「本当は全員居てもいなくてよい→居るのならば全員いたほうがよい」で、「全員居たほうがよいが、意識が薄くなると部分的に「本当は全員居てもいなくてもよい」が露呈する」というかんじだ。おれの思う居なければならない人間というのが、つまりはおれにとっての特別であった、ということだ。まわりくどいな。

ともあれ、おれが居なければならないと思っている人間も、ふつうに居なくなるわけだし、彼らが居なくなっても世界は続いていくのだった。居なくなったときに、世界が変わったと感じる。彼らが居る世界から居なくなった世界へとズレた気分になる。彼らが生きていた現在、彼らが生きていたはずの未来へと毎秒辿り着いていく。十年後には、彼らが生きていた場合の十年後の現在と並走していることになる。そっちの世界へ移りたいとは、じつはあんまり思えていない。取り戻せると感じられないし、信じられないからだ。おれの思う居なければならなかったはずの人々が全員生きていた現在、十年後、二十年後、三十年後は、おれにとってとんでもなく豊かだっただろうかと考えるが、案外そうでもないかもしれない、おれにとって居なければならないと感じられない側の重要さのほうを、理解できていないからこそ、むしろ信じている。とはいえ、ともかく、わかりはしない。

時間はおれを待ってくれない。なにが正しいのか、どれがマシなのか、全然わからないのに、やっていくしかない。おれがそうなのだから、世の中に多く居るはずのおれのような人々も皆そうなんだろうと思う。自分がわかっていないことを確信しながら、わかっていないのだから正しい判断ができるはずがないと思いながら、それでもなにかを選んでいる。たぶん元々世界が自分にとってどうあるべきだったのか一度もわからないまま。

やはり日記でなくなるとブログ更新てのもむずかしいものだね

せっかく運命的な終焉を迎え、負の遺産を精算し、円環の理を解脱して、我らの第二第三の青春のごときものと共に滅亡し、真っ白な灰と化し、電子の海の藻屑と消え、まばらな拍手に囲まれて円満終了と相成った、はてなダイアリを引っ越して、はてなブログへやってきたわけだから、これからはちょいちょいブロっていこうかナーと思っていたし、mesh 抜きでは日本におけるはてなブログ草創期を語れないと言われるようなサイトにしていきたいかなーと思っていたというのに(思っていない?)、結局書かねえんでやんの。はー。あといま検索したら「ブロる」て「LINE でブロックされている」みたいな意味のようだ。LINE ね。へー。

実際のところは、いまわりとインターネットに日記なぞ書く暇自体はわりとあるのだけど、日記書くのにぱそこんをひらくのが面倒というか…いやノート PC は常時ひらきっぱなしなのだけど…日記書くために cookie clicker のタブから切り替えるのがダルいというか…いま、おれの中で日記はクックリよりも軽いというのか。それすらも、世間様と比べて全然まじめにやってなかったので、平均的なクックリ常習者との CPS 差もだいぶ絶望的なレベルにあるはずだ。なにもかも中途半端というか…半端まで届いてもいないというか…。

ザクの犯人はシャア

ところで昨年インターネットとかでも大評判となったおもしろい映画「カメラを止めるな!」は、映画撮影スタッフがゾンビ映画(ドラマ?)撮影中に本物のゾンビに襲われる、という映画(ドラマ?)をワンカットで撮影している人々が、ワンカット撮影ゆえに起きる様々なトラブルを乗り越えながら、なんとかノーカットでストーリーを完遂しようとする、というあたりにおもしろみが集約されている映画だった。そのストーリーに沿うようにエモい要素が散りばめてあって、その中にはおれが大好きな映画「WHITE HOUSE DOWN」に近い感動とかもあった。夏の映画だったなと。

書きたいのはべつにその話じゃない。だけどその前に書いておきたかった。つまり「カメラを止めるな!」のネタバレを書いておきたかった。なぜかというのが、おれの中でどうもハッキリしないのだが、ともかく「カメラを止めるな!」のネタバレを、おれは結局現在まで一度も Twitter 上で見なかったし、それがなんともキツかった。おれの観測範囲がいよいよ本当にヤバくなっている、というかもう完全に手遅れになってしまったということかもしれなかった。

あの映画に象徴される、ちかごろの「おもしろい話のネタバレが、表通りにはマジでない」かんじちょっとヤバくないか。いまのところは、裏通りいけばいいんだけど。本当野蛮さがなくなってきたかんじで。上品に生きたいものだが本当に上品になられると若干困るというか。べつにネタバレが禁止されているわけでもないのに空気的に守られた、というのが怖いのだ。しかもおれの観測範囲がそのド真ん中にあった。いちばんマズい事態だ。オタ間で「ネタバレされたら台無しっていうひとも居るけど、べつにネタバレされておもしろさが減衰する話じゃないよねえ」という話もチョイチョイあったし、おれから見ても、カメとめのネタバレをしないことがカメとめのおもしろさを守るために役に立つ流れだったとは全然思えなかったのにも関わらず、おれ自身 Twitter その他の SNS でネタバレすることが、なんとなーーーくできなかったんだよねー(いくつかの、おれが裏通りだと思っている SNS ではネタバレ前提の感想のやり取りもしたけど、まぁ裏通りだと思ってのことだし)。ムラとかタコツボとかクラスタとか、そういったものを超えて完成した同調圧力というものを見たし、おれはその中に居た。完成された同調圧力てのは上品な顔をしているんだな。

最近の Podcast

あれから X 年、たくさんの Podcast たちがアタイの耳を右から左へと通り過ぎていったわ…。というかんじで、日記に書いてない時期にはじまって盛り上がって終わったような Podcast もけっこうあるような気がするけど、とりあえず最近きいてておもしろいうちの一般公開してそうなかんじの Podcast を羅列。

  • Rebuild

rebuild.fm

いろいろあった結果近年出演しなくなったひともいるかなーと思うのが若干残念なものの(あんまりオタとかではなさそうなひとによるアニメ語り方面とかで)、まったくのド安定で聞ける Podcast 界の西(海岸)の横綱・Rebuild。Miyagawa 氏のイケボがあれば灰色の生活シーンにも潤いが。主に hak 氏回が好きで、次に N 氏回が良い。

  • 愚者の宮殿

foolpalace.seesaa.net

オタトーク Podcast 界隈の、…いや界隈というほどあれこれ知らんけど、たぶん現役横綱 Podcast、ボリュームも横綱。非常に安定したトーンで偏りすぎない深掘りトークを展開する。カッカ氏とハニワ氏の二人レギュラーでたまにゲスト。F1 時評回がとくに良い。

podtail.com

最近彗星のごとく出現したヤバい Podcast。内容はボドゲゲームデザイン論&あそんだゲームの一人語り形式だけど、そんなことよりイケボがヤバい。おれが好きな声質や〜。(近年のおれはもはや Podcast を内容がどうとかでなく「好きな声質がどのくらいのリズムで喋ってるか」みたいなことで選んでいるようなところがあり、内容は自分でよくわかるほうがもちろんいいけど、べつにわかんなくてもまったく理解しようともせずニコニコしながら聴いているのだ、まぁ配信者のひとには失礼な話だと思うけど)。

  • オタクのこばなしを聞くラジオ

podtail.com

オタ話をする女性パーソナリティ一人語り Podcast で、愚者の宮殿なみにしっかりしたトーク。許諾を得たボカロ曲を紹介するコーナーも毎回あり、「番組形式をやりたかった!」感が出ているうえにキッチリ実践していてすごい。題材の追いかけ方も非常に丹念で「うわーちゃんとしたオタクだ…」と背筋が伸びるようなところもあり。

  • 漫画帝国

mgkkk.cocolog-nifty.com

アニメの Podcast はそこそこあると思うけど、漫画の Podcast て本当漫画帝国以外あるのかね…。漫画の話もおもしろいけど仕事の愚痴とかもおもしろい。あとおれは青沼静馬のモノマネが出ると声を出して笑ってきいている。

  • 北のオタから

pca.st

愚者の宮殿が東北&北海道からやってきたオタおっさん二人組 Pod なら、北のオタからはカナダからやってきたオタ女子二人組 Pod。オタ話もだけどカナダトークもおもしろい。

  • 東京ポッド許可局

www.tbsradio.jp

TBS ラジオが Podcast 撤退して自社クラウドサービスになったので、いまとなっては数少ないおれが登録してる商業系 Podcast。といっても、昔は聞いてなくて登録したのはこの数年のことか。いまさらだけど、やっぱ芸人さんてトークうまいのねー、とか思いながら聞いてる。

radiotalk.jp

夫婦?二人による BL 界隈用語等の解説ほか雑談。女性パーソナリティのおず氏の声が、おれがこれまで聞いてきた Podcast 界隈とかではあまり耳慣れないハスキー系で非常にめずらしい!あたらしい!とフレッシュな気持ち。BL の話も、なんとなーくわかるけど細かくわかってなかったなーみたいなのをちゃんと解説してもらえてたすかる。

  • マッチ横丁

matchside.seesaa.net

愚者の宮殿のカッカ氏がピンクの大将氏と二人でやっている非オタ系中年雑談 Podcast。こないだはじめてゲスト回があった。なんでもなーい話をダラッとやるかんじで聞いてて非常にラク。よい。

  • 惰性クロニクル

radiotalk.jp

円満終了したフジョリティ 30 のタニグチカオリ氏がやっている日常雑記系一人語り Podcast。マッチ横丁の同じ温度で聞ける。オタ Pod ておもしろかったら単体でも成り立つけど、日常雑記系ていろんな生活送ってるひとを多様に登録することでどんどん聴取体験がおもしろくなるよーなとこあるので、こういった系統の Podcast をもうちょっと探したほうがたのしそうだな。

  • soussune

soussune.com

こちらも Rebuild と同じ Tech 系 Podcast で、聴きはじめた理由はピコキャスの miyaoka 氏が出演しているから。最後の更新が去年だけど…。

shiburaku.seesaa.net

渋谷らくごPodcast。元はまくらだけの配信だったのかもだけど、大抵はまくらだけでなく本編も配信している。去年は月刊大福マガジンがとくに良かった。最近来客が少ないようで渋谷らくご本体がピンチっぽいし、奥さんも「渋谷らくごいってみたーい」とか言ってるけど、田舎住まいでどうしようもない…。

ほかにもあるけどだいたいこんなもんで。日記書きなれないと、こんくらい書いたりコピペしたりするだけで疲れた…。

WHIPLASH や LALALAND には全然ムカつかないのにピアノの森見てるとすごいイライラしてくる問題

結構いろんなひとも言っている、アニメ漫画映画とかで出てくる天才的音楽家の天才的演奏がすごすぎて、聴衆が一撃で聞き惚れてワイン評論みたいなことを呻きだすけど、それを見たり読んだりして「ほほーそーなのかー」と思ってもいる我々は、一方ではすごいキョトンとしている問題というのがあるわけだけども。

おれは LALALAND と WHIPLASH では WHIPLASH のほうが圧倒的に好きで、それがなぜかというと「速い」「遅い」がおれには全然わからねえし、作中のほとんどの人物たちにとってもそれは意味不明な罵倒の根源にしか思えていないと思うんだけど、それでも「速い」「遅い」を確信しているキャラクタが二人だけおり、彼らにしかわからない世界へドンドン加速していくヤバみみたいなやつがすごい楽しいし「わかるやつにしかわからない世界というのは、それがわかると確信してしまった人間にとっては確かにあり、そしてそれがわからないやと思った人間にとってはほんとどうでもいい、ただ「わかると確信したやつにとってはわかるやつにしかわからない世界は確かにある」ということにだけは同意できる」ということに尽きる。
その純度において WHIPLASH はものすごくすごすぎてヤバい。キテる。エッセンスいっこだけで突き詰めた同人 STG みたい。

で WHIPLASH にせよ LALALAND にせよ Damien Chazelle 氏は、けっこう「見てるやつにわかりようがない良し悪しの話を延々やる」ことに凝ってる監督なのだろうなーと理解したわけだ。WHIPLASH においてはジャズドラム。LALALAND ではジャズピアノと演技。
もうね、それらがいいのか悪いのか、見てても全然わからないの。知らんわ。ジャズの良し悪しとかほかの音楽ジャンルよりよほど上手いのか下手なのか素人にはわかりようがないと思うし、WHIPLASH はそれがわかるやつだけに向けて撮られた映画ではないだろうと思うので、それがわからなければ理解できない映画であるはずがないし、LALALAND ではジャズに加えて役者の演技ってのも加わってくるんです、ヒロインの女。役者の演技の良し悪しってよくわかんなくない?そもそもが LALALAND という映画の主役を演じているわけだからこのヒロインの演技が下手であるはずはたぶんないというのがまず前提なんだけど、日本人であるおれにガイジンの感情表現が演技としてリアルなのかどうかって余計わからないんだよね。そのうえでさらに、一流映画女優であろうヒロイン役のひとが、まったく無名の女優志望ヒロインの「演技の演技」を演じているその演技が、上手いのか下手なのかって、見ていてリアルにわかることって相当敷居高いだろ。だからわかんなくていいんだ。わかんないままでもわかる話なんだろうなと思った。もしかすると、やってる当人たちにだってよくはわかってないかもしれないし。
だから LALALAND の時だったかに菊地成孔氏が映画の評論でジャズの人間としてはどうのこうのという、おそらくはジャズとしては完全に正しい話をインターネットとか含めて盛り上がってやっていた頃にも「わからないからそれが正しいのだろうとおれには確信できないんだけど、まぁ菊池氏の言ってることは正しいんだろうな。でもこの映画を見るためには、その正しさを理解する必要は全然ないだろうな、ただ菊池氏としては、映画オタが映画の話としてこれをやってるぶんには構わないけど映画をダシにジャズの話をしようとするヤツが出てきたらめんどいから一応クギを刺しにいっただけなんだろうな、アニメをダシに社会語りするやつめんどい問題と一緒だよな」と思ってスルーしていたかんじだ。

というようなわけで、Chazelle 氏作品がガイジンの実写映画だとはいっても、おれの中ではべつに「BECK 映画化すると何か…」「けいおんの連中作中ではそこそこ下手っていうけど、映像的にはめちゃくちゃうまいのでは…」みたいなオタの話からあんまり遠いところには居ないよなと思っていて。そこいらへんからおおきく翻ってみて、最近新 Season が Netflix でも配信されはじめた「ピアノの森」見ていて、なんかすごいイライラしはじめちゃって困った。なんか「わからないがじゅうぶんうまいのでは…」としか聞こえないショパン氏曲の演奏にかぶさって観衆の「すごい…」「こいつの落語には江戸の風が吹いてる…」みたいなワイン評論がかぶさってきて「ほほーそーなのかー」て素朴なきもちで見ているおれがいる一方で、座椅子からおれのアストラル体みたいなやつだけがドンドンうしろのほうに遠ざかっていっちゃうんだよね。なんだろうねこの。WHIPLASH や LALALAND で「うん全然わからん」「そーなのかー」で済んでる問題が、ピアノの森だとすごいイヤなかんじになるの。なんだろうねー。