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おれがグレンラガンに期待していたなにか

グレンラガンの第三部が片付いて、うーむというかんじで第四部に突入。悪くない。悪くはないのだ。が。やはりうーむだ。第二部までに高まった躍動の目指すところがここか、という結末への期待感がいまひとつだ。起承転結の転が、いまいち驚天動地の転というわけではなかったかんじ。

このへんで一度おれが当初(このあたりから→http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20070514#p1グレンラガンになにを期待したのかを整理しておこう。第一部から第二部までの展開、そして第三部においても大筋はそうなのだが、グレンラガンってあれなんだよね自分らで開発しないひとたちのロボットアニメなんだよね。基本的にはすでに誰かが作ったものを掘り出したりブン取ったりとかして強くなって、そうすることでさらに大きなものをブン取っていく。ロボットアニメなのに自分らでロボット作らない。まあじゃあリーロンはどうなんだという話になるけど、彼は研究するしメンテするし改造もするけど彼が作った新メカってないじゃんと。第三部ではかなり様相が変わってグラパールとか出てきたし社会らしいものも成立して、人類のありようも変わったので、まあそこいらへんつっこまれるとアレなんだけど。その点でいうと、リーロン拡張としてのレイテの役どころは研究から開発に差し掛かりかけているような気がしなくもない。戻って、グレンラガンにおける人類の初期設定てかなり特殊で、いはゆる産業というものを持ってない状態からスタートしている。地下に押し込められててまず農耕は無理、狩猟というほどの生態系もない、ひたすら掘って維持して細々とただ生き続けているだけ。その状態で見る夢がまず地上だったと。で地上出たはいいけどガンメンが襲ってくるので安定した暮らしなど望めない。やはり戦うだけの毎日。辛うじて狩りはしている。その程度。地上の脅威を一掃して、ようやく安定した産業基盤を確保できた、第三部で社会っぽさは花開いた、のではなく、ようやくゼロから積み上げることができるようになった(たぶん第二部までの人類は通貨さえ持たなかったのだ)、というあたり。まだまだ過去の資産を使いまわすほうが手っ取り早く、実際大物ユニットは第三部でも第四部でも現代人類が作ったものじゃない。

伝統的なロボット作品の場合主人公が乗り回すのはじいさんとか父さんとかが作ったスーパーロボットだったりしたわけじゃん。マジンガーとか。ガンダムとか。でもグレンラガンって誰が作ったのか全然わからないし、そんなこと誰も気にしてない。オリジンが解き明かされるべき謎ですらない。作ったやつが誰かってのは一昔前なら気にするポイントだったんだけど、そういう時代ではなくなりました、というのが、つまりおれがグレンラガンに対して感じたロボットアニメとしての新しさだった。つまりこのー、どこ掘っても先人の作ったなにかが埋まってて、狭苦しいタコツボを抜け出して未踏の荒野に踏み出したと思ったらガンメンどもがデカいツラしてのさばっていました、みたいな。新天地では必ず古参の強敵が、吹き上がった新参をひねりつぶそうと待ち構えている。そいつらに逆らって戦ってぶん取って成り上がっていくうちに、自然と天井突き破って新しい世界に進んでいくことにもなる。ドリルはたぶん壁を破るだけでなく運命を巻き込みもするのだ。あんまこういうふうに書くと web 2.0 マーケティング大勝利感が煙ってくるのでアレなんだが、これはなにか偉大な先達がやれることの大概をやり尽くしてしまったあとに新しい作り手がなにを出来るのか、というような舞台設定にも思える。コツコツと一から研究開発はじめたって意味がない。どうがんばったって過去には追いつけない。べつに学問やってんじゃないんだから愚直に枝葉を継ぎ足していったって仕方ない。とにかく今わかりやすい結果を出さないといけない。かつての誰かの発明を血肉に変えて自分なりに成り上がっていかないと同時代のやつらにも置いていかれる。それが現代の自意識なのかもわからんなというか。なんにもないところでなにから作っていくのかという話ではない。どこにでもなにかはあるから、そうなってくると、じゃあこれからのひとたちはどこに立ってなにをやっていくのかということがとても重要だ。あとはー、気合か。自意識とか。螺旋力とか。自然に渦を巻くようなセンスのありかなしか。

…というようにスタートして第二部終了まででどでかいマイルストーンを置いたグレンラガンの、第三部から第四部への流れは、なー。あんまり新しいかんじがしないんじゃよいまのところ。見たことのありそうな収束感というか。これは単に話の盛り上がりで、構造の新しさではなく、ふつうのロボットアニメの熱血とあまり差がないように見える…のかどうか、まだよくわかってないんだけど。見たことのない新しさを、それが新しすぎるがゆえにおれに感覚できていないだけなのかもしれない、という可能性に、どちらかといえば期待したい。単に「とてもすごくおもしろかった」で終わってほしくはない。ようするに、「そういう彼らがどこへ行くのか」までが描いてあれば、グレンラガンはだいぶ歴史に残ってもいいかんじになると思うが、まあそこまではさすがになー。まだ現実に結末が見えていないものの先を見通すことは、それはいかにもむずかしい。