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ヲタクの謎

旅行写真 | 060102

ユリイカ 11 月号 :特集 文化系女子カタログ」を読み終わった。おもしろかった。結論からいうと「なぜ文化系女子の中には、ある時期から和装に凝るようになるひとが居るのか?」という疑問に対する直接的な答えは載っていなかったように思う。思うだけで、見落としているだけかもしれない。よくわからん。というかそんな瑣末な疑問に対する答えなどユリイカに載ってあっても、それはそれで当惑しただろう。頭の良いひとたちにそういうことを語ってほしいと思っているわけでもない。

ところで瑣末つながりで、おれが結局よくわかっていないことのひとつが「ヲタク」という言い方だ。あれっていつごろ誰またはどういうひとたちがどういう文脈で言い出したのが最初ってことなのか。なんか随分昔からあるようでもあり、この数年はあまり見かけなくなったような気もしつつ、長い目で見るとけっこう新しげな言い方って気がするなあというような感覚もありつつ、はっきりしない。瑣末な話すぎて記憶を掘れない。このユリイカでも「ヲタ」という言い方を何度か見た。借りものでなく、そのライターのひとの言語になっているように感じられたので、ヲタというのは文化系女子クラスタにも存在するのだろう。男オタのひとたちの物言いのうえでもたまに見かける。どういうクラスタのひとたちが使っているかはっきりとはわからない。わりと伝統的な香りのするオタコミュニティを背景にしているようなひとたちが比較的使っているような印象はある。はっきりしているのは、口語(会話)上で生まれた表現ではないだろうということだけだ。オをヲに置き換えるなんていうのは、文字メディアならではのあそびだろうから。ネットだか雑誌等のメディアだか、そんなかんじだろう。あとだいぶ推測が混じるけどたぶんこれ他称じゃなくて自称から出発してる気が。「誇らないことによる矜持」的なニュアンスを感じる(その点で「オタク」的展開に対するオタ内部からの消極的反発とも解釈できるので、岡田斗司夫氏文脈の傍流と位置づけることはできるのかも)。だから誰がいつからっていう部分がすごく曖昧にしか記憶できてないという。まあこれはおれの場合の理解の話だけど。

「おたく」と「オタク」の経緯についてなら、最近のお勉強の過程でそれなりに詳しく知ることもできたし(←要約すると「中森明夫氏や岡田斗司夫氏や大塚英志氏などが各人各様におおあばれする過程で渦が生じていろんなひとが巻き込まれました」)、最近のインターネットには、ばるぼら氏によるまとめ記事(http://www.jarchive.org/text/otaku.html)もあるので、「ああなるほど細かい話はいろいろあろうけど全体的にはそんなかんじの理解でいいわけなのだな」と納得しておくことができるのだ、が、「ヲタク」や「ヲタ」についてはなあ。「ヲタ」がプロレス的な歴史創作イベントに参画するようなことのない「名乗りたがらない人々」による自称として生まれたのだとすれば、その流通が記録されないのは自然な話ということになるんだろうかな。でもその見方にもあんま自信ないんだよなあ。もっと断絶して古いなにかとかありそうな気も。

あと「オタク」が「オタ」になったのっていつ頃どのへんからなんだろう。おれの曖昧な記憶だと、オタクという言い方しかなかった頃→アニオタとかゲーオタとか「○○オタ」というふうな言い方→その「○○」が取れて単品の「オタ」という言い方が定着、というかんじ。これの最初の例って案外自アンだったりとかするのかなあとか思ってんだけど、おれが自アン以外を知らなさ過ぎるだけか。単品「オタ」活用として、「なぜオタ」箱はけっこう古い例のような気がするんだけど…。

あと、それと別に「ん?「オタ」て言い方がネット界的に認知されだしたの?」と思ったトピックとして鈴木謙介氏の「オタクからオタへ」という文書があったんだけど(たぶん自アン文化圏以外でおれが最初に確認した「オタ」の単品活用例だったと思う)、元記事消えてるうえに WebArchive にも残ってないようだ。いちおう関連しそうな記事の日付をメモ。