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それなりのコストをかけて一本道のストーリーが作られてあるゲームの場合、ステージクリアできない(いはゆる「詰まり」「ハマリ」)状態に覚えるストレスが、低コストなストーリーしか提供していない同ジャンルゲーよりも高い気がした。

そしてそれはべつになにか自然の道理というようなレベルのものではなく、単にこれまでに通過してきた様式からなんとなくそう感じる仕組みが出来上がってきている部分が大きい気がしたので、ちょっと慎重に材料を選り分けて考えたほうがいいことな気がした。

  • 業務用 STG とかの場合(たとえば BATSUGUN とか)、三面や四面で詰まっても全然問題ない。「それはそういうもの」。ああ、そこはな、切り返しで避けられるようになればどうにか。それができないうちは延々死ぬんだよ。みたいな。
  • でもこれが家庭用 STG でストーリーがそれなりにしっかり作ってありそうな雰囲気の場合(たとえばエースコンバットシリーズとか)、三面や四面で詰まるというのは考えづらい。まあ 2,3 回はミスする可能性もあるけど、あのてのゲームの基本的な難度設計は「クリアするのがむずかしい」でなく「ハイスコアを出すのがむずかしい」ようなかんじで組んであるはずだ、という認識。

ようするに、

  • ストーリーつき=ヌルいはず

という、特に原則化されてはいないのにもかかわらず、なんとなく全体的な傾向がそうだからそうなんだろうと認識してしまっていることがあるような気がした。伝統的には、ゲームにおけるストーリーは「ストーリー付きにしたほうがフックが増えるから」付いている、の延長線上にあるものがほとんどといってもよかった。単にゲームルールを与えられてそれを楽しめと言われても当惑する側のひとたちの、モチベーションや目標を補助するためにそれはある。だから「ゲームに対してストーリーの役割が濃ければ濃いほど一般的にゲームはヌルくなる(その最たる例に ADV や RPG が並ぶ、例のピラミッドがババーンと登場)」…といえるのかといえば、そう単純なものでもないわけだが、まあ、なんだ、もうちょっと整理してから書き直す。