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自分語りと自分視点語り

  • 「web 日記で自分語り UZEEEE」
  • 「そうはいうけどお前そもそも日記なんて十割自分語りに決まってるじゃないか。ブログは日記なのか、雑誌なのか、という話ですよ」

ミニコミのかわりにブログ書いてるひとにとってブログはジャーナルだろう。読まれてナンボだ。web 日記という古い言葉を引きずっている側の人間にとってブログは日記だ。書いてナンボ。違うものなら区別しろやという考え方もあるが、まあ一本立ちさせるほどでもないようなものは、ごちゃまぜにして相乗効果を狙ったほうがよかろう的な考えによって、「ブログ」界隈は一括りのものとして成り立っているんだろう。

ところでオタと喋っていると自分語りが多い印象があるのには、まあ事実自分語りしかしないオタも居るとして、その周辺に、あまり話題を一般化して相手に「常識」を強要したくないオタも含まれてるからではないかと思う。自分語りでなく自分視点語り。たとえば「サブカルは屑だ」と書く場合と、「おれはサブカルは屑だと思う」と書く場合の違い。うっかりした書き手の場合、前者と後者の区別がつかなかったりするが、前者は後者の省略記法だ。「おれは」と「と思う」を自明のものとして省いている。ただ、これを読み手にまわって受け取ってみると印象が結構ちがう。後者は主体(おれ)と主張の強度(と思う)が示されてあるので、「ああ、あなたがそう思ったって話ね」で終わりだが、前者はそれらが示されないので、受け手は脳内でそこに当てはまる一般的な解を当てはめて読もうとする。で、ここでわりと誤解が生じやすい。主体が「世間では」になったり、主張の強度が「というのが常識」とかになった場合を想像してみればいいだろう。「おれはサブカルは屑だと思う」という軽い主張が、省略と伝言ゲームによって「世間ではサブカルは屑だというのが常識」に大化けする。おもしろがって伝言ゲームを仕掛けることもあるので、これがどんな状況下でもダメな事例だとは思わないが、しかしなにかをなるべく誤解なく書き残しておきたいと思ったとき、上記のような不幸とはなるべく無縁でありたいものだ。というようなわけで、なんにつけても神経の細かい(≒神経質な)オタは、わりと自分視点語りへの意識を持っている。自分視点語りは、自論がまるで一般論であるかのように伝わってしまう事態を避けるために有効。でも対話する両者の関係性のほうが話題自体より重要な場合にはあまり意味がない。で、自分視点語りは傍目に自分語りとの区別がむずかしかったりするので(「公の場にあった話題を自分のテリトリーに引っ張り込んでしまう=自分語り」「公の場にある話題に擦り寄るけど自分のテリトリーからは出てこない=自分視点語り」なのだが)、大雑把に「自分語り UZEEEE」と括られがち。

  • 知り合い同士のオタの O くんとサブカルの S くんが和やかに喋ってる最中に、O くんがうっかり「ははは、ところでサブカルって屑だよねー…」とか口を滑らせてしまったとしよう。S くんは、一瞬鼻白んだかと思うとたちまち顔を紅潮させ、目をギラギラと輝かせはじめた。やばい。いかにサブカルが素晴らしく、ついでにオタクがみじめったらしい根無し草のガン細胞の動物の腐り水のうえに浮かんだボウフラのような存在であり、まあ当然そのようなオタクのことなど偉大なるサブカルの眼中にはないのだが、しかしまあこの世の不幸のひとつであるのには違いないので、哀れにも思うし心を痛める余裕もあるんだ的な大演説をおっぱじめる準備が整ったようだ。面倒なことになった。
    • こんなときは、慌てずに「…と思ってるんですよね」とか続ければ大丈夫。S くんは素面に戻って、「ああ、個人的な話ね」と矛を収めてくれるはずだ。
  • オタの O くんは、好意を寄せている I さんに「きみは一般的にかわいい」「きみの髪型は今夏の流行に合致している」「世の男は全員が、きみからチョコレートを貰いたいと願っているだろう」などと(本人としては)限度を超えた猛アタックをかけたのだが、結局 I さんはイケメンの M くんと付き合って、O くんは彼女と仲のいいお友達で終わってしまった。
    • 慎重なオタが話題に対して私的な見解に留まり、あまり一般化したがらないのは、一般化した場合価値観衝突のリスクが高まると考えているからだ。つまり、より厳密には「リスクを低減するための方法のひとつとして「と思う」を使っている」といえる。だから「ぼくはきみがかわいいと思うし、新しい髪型も似合ってると思うし、チョコが欲しい」というような、私的な見解として表明するほうがリスクが高い状況では、それを選ぶことができないのだった。

オタは、一般論と個人的見解の使いどころで非オタとズレていることが多い。自分語りと自分視点語りの違いについてメモしておくつもりが、なんかへんな方向に脱線してしまった。