matakimika@hatenadiary.jp

WELCOME TO MY HOME PAGE(Fake) ! LINK FREE ! Sorry, Japanese only. 私のホームページへようこそ!

ハウルの動く城

ドール041227B | 1 of 4

土曜日にKさん主催の「映画『ハウルの動く城』のヒロイン・ソフィー嬢の異常なまでの可愛さっぷりに脳の変なスイッチが入ってしまった末期患者たちによる、愉快でハラハラしてちょっぴり切ない、そんな OFF 会」があったので参加してきた。

非常におもしろかった。前評判を踏まえていうと「意外なことにストーリーがよかった」。

以下整理中メモ。

  • 思った以上に、動いていた。
    • http://yet.s61.xrea.com/mt/archives/000271.html
    • 城のアニメーションは、すごいとは伝え聞くけども正直あんまそこがどれだけ凄くてもお客さんとしてはあんまびっくりするところじゃないよなーと思っていて、実際あんまびっくりはしなかったのだが、しかし確かによく動いていた。パーツ数よくわかんない。カット数も多い。どう制御してんのかな。2D 部分と 3D 部分のブレンドも実に巧妙。労力が想像できない。なにかとんでもなく冴えたやりかたでもあるのか。ないよな。たくさんの胃が重力縮退してそうなかんじ。
    • あまり巨大感とかは出そうと思っていないふうだったのでそこはオタ的に多少食い足りなかったが、作品世界感を表現する大きさとしてはあれくらいが適度よなと思った。あれ以上大きくなると子供の脳内に納まりきれなくなるので、彼らが夢の中で私有できないし。なんていうか Irene Haas「わたしのおふねマギーB」(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0689500211/)とかもあれくらいでちょうどいいかんじだったしみたいな。
  • スチーム城とハウル
    • 大友克洋氏の求める城は男城・宮崎駿氏の城の求める城はモテ城」
    • ハウル城もポコポコ砲塔ついてたけど結局べつにあれは撃ったりとかしなかった。おれがハウル城を男でなくて男の子のための妄想城だと思ってる根拠は、あの多砲塔っぷりにある(「ド級みたいに主砲斉射ができるから強いんだ」みたいな半可理論武装とか無いので、なんかとにかく至る所に砲塔をつけてみたりするのが幼児ラクガキの基本)。女の子妄想だとべつに城は要らんのではないかと思うし。脚がきもいかもしれんし。幼児性の所作でなければ家政婦ソフィーもよしこいつを世話したろうとは思わなかったかもしれない。
  • 「シナリオの出来が非常に悪い」という意見が多かったのには納得。
    • まあそう見えてもそれはそれで自然。演技で情感の推移を描き(根回し)、台詞で納得させる(落とし)というのが定番だとすれば、今作ではそれがまったくできていない。台詞によって明らかにされる新事実続々。「CASSHERN」といい、今年はそういう映画が流行だったのだろう。予測できないキャラクタ感情を後付けで説明されてお客さんビックリ!そりゃあいつの台詞にチャンバも走るよみたいな。
    • 「老人は時として、若者よりも性急に結果だけを求めるようになるのだよ!」
    • 逆に「プロセスを省略するために台詞を活用してそのぶん気持ちいい部分に尺を割いてる」感は、ある種レディコミノリにも近い気が。
      • 中年女性向けエロゲーってきっとこんなかんじ。
    • 「せっかく軍隊が出てくるのに戦車がまったく出てこないのは宮崎駿氏作品としては明らかに異様。きっと戦車シーンをたくさん入れたのに全部尺の都合でカットされてむかついた宮崎氏が、じゃあドラマ部も要らないよなとバシバシ切りまくったのに違いない」という異端言説。
  • VS バトルガレッガ
    • 今作は、二点においてバトルガレッガとの関連妄想回路が開く映画だ。
    • 第一点はストーリー。映画オタのひとなどからすればハウルのストーリーはお粗末にも見えるかもしれないが、シューオタ眼でいわせてもらえばあれで何ら問題ない。ていうかむしろ出来がいい。STG のストーリーなんてものはマニュアル開いて 1 ページ目の下半分でてきとうに説明されてれば事足りる。ていうかそれ以上は蛇足。量感を補完するなら設定集でなされなければならない。
    • ようするに「絶望的な状況」で「圧倒的な戦力を誇る敵」で「自機は人類最後の希望」ならなんでもいい。それが STGバトルガレッガのストーリーを要約するとこうだ、「おれたち兄弟が発明したスーパー破壊兵器を人殺しの道具にするなんて許せない(←?)のでそれらを全部壊しにいくぜ」(いやほんとはもうちょっとまじめ→http://www.8ing.net/prd/garegga/gr2.html)。ようするにこいつらはアホ。ゆえにバトルガレッガのストーリーは STG のストーリーとしてほとんど完璧にその要件を充たしているのであり、原作ではどうだか知らないが、映画「ハウルの動く城」のストーリーをハウルの視点で語った場合の性向はたぶんこれと大差ない。だったらそれはつまり、いいストーリーなのだ。「ハウルの動く城」がゲーム化されるとしたらジャンルは間違いなく縦シュー。でなければ変態操作系の TPS(Smilebit「GUNVALKYRIE」みたいな)。そして(妄想上の)STG 原作アニメとして今作は「パンツァードラグーン」や「沙羅曼蛇」とかより格段におもしろい。超一流といってもいい。
    • 取ってつけたように魔法が解ける隣国の王子とかいかにも STG じゃないか。エンディング直前というのは当然ラスボスと決死の大バトルで、それが終わったらステージクリアで、そこからエンディングへのつなぎとかはあんま考える必要がない。エンディングはエンディングだけでハッピーになればいいのだ。多少むりやりとかこじつけとかの感覚があったほうがむしろいいくらいだ。前後とか筋道とか脈絡とかべつに要りませんよ。ゲームだったらあすこで「次は私が最終鬼畜兵器として立ちふさがりますが、二周目に進みますか?(Y/N)」だな。
    • 第二点は、ハウルが戦う空中戦艦。どう見ても破壊箇所を攻撃することで撃ち込み点が稼げるような構造。ガレッガの 1 面かレイフォースの 3 面か。楽しそうなボスだ。STG にしか見えない。ぜひともブラックハートのワインダーをかいくぐるハウルの雄姿が見たかった、それやると別のアニメになってしまうか。ハウルってバトルガレッガ外伝とかじゃないかしら。
  • 戦争感
    • 戦時中だが戦争は非常に遠い。別世界の出来事のよう。リアリティとかではない。ていうか兵器は出てくるんだけど戦うのは「兵器 vs 魔物」「魔物 vs 魔物」で、「兵器 vs 兵器」の描写がない。もちろん人間同士が不器用な殺しあいをすることもない。また(現場としての)戦争と正対しているメインキャラクタはハウルだけなのでそれはそういうものだと思う。あんま戦争を描ききってしまうと映画としての印象がブレるので抑えたかんじか。醜いものだがその醜さは幻想方面に寄せている印象。徐々に幻想に侵略される現実と、徐々に現実に浸透していく戦争が同期して、戦争そのものにファンタスティックな力が宿っているかのようにも感じられた。そういう意味で今作中の戦争は「魔法のように薄気味悪い」。
    • たぶんひとは死んでるが死体は出ない。魔法のある世界なのでカドルトとかザオリクとかリザレクとかあるのかもしれないけど、そんなゆるい呪文体系観(←「南無阿弥陀仏=成仏」系の)ではなさそうだし。関係ないけどゲームに因果応報系の魔法観が組み入れられることが少ないのは、メモリやセーブ領域の問題もあるし、あと自由に動けるのに不用意に動けないっていう怖れがあまりきもちよさにならないからだろうかな。
    • たぶんハウル人殺しだが、彼が殺している者は既にひとではなくなっているのかも(という意味では人殺しではないかも?)
    • 関係ないけど、今作には街が空襲されるシーンがあるんだけど、そういえば本土を空襲されたことのない風土では、こういう風景てどう受け取られるんだろうと思った。
    • あと制空権取られてもはや王宮周辺に爆撃されてるようだと、この戦争負けだよな。魔法で逆転といっても、敵側も魔法使い投入してるんだし。
  • 背景・美術
    • 背景ポリシーが「宮崎氏作品っぽさ」からちょっと外れていたかんじ。
      • 新海誠氏(http://www2.odn.ne.jp/~ccs50140/)作品ちっくな背景が混じっててそこは首をかしげた。公式サイトの intro 部分の絵とかもそう。「空色ってのはこの色のことをいうんだ!」みたいな基準色ガッチリの設計でなくて、わりと曖昧な中間色グラデーションで印象を散らせて細かく繊細な(≒脆い)設計。まあこれはこれでいいと思うけど、なんか伝統的なプロ意識と自負ってよりは、努力と調整上の妥当解っぽい印象を受けてしまうというか。こういうのも綺麗は綺麗なんだけど、ユニーク作品としての個性は薄まるんじゃないかなあ。というか実際に今作は、こういう部分についての個性は薄かったのだろう。
    • 光ものについての CG 演出のこなれ具合が、スタジオジブリ社のそれというよりはマッドハウス社的。とはいっても GONZO 社っぽくパターンワーク化はしてないかんじというか(←アニメ会社あんま詳しくないので的外れなこと言ってるかもしれない)。
      • 城についてはともかくその他では、ある程度枯れた部分でしか使わないのかなと思っていたが、なんというかこー一定水準以上ではあるんだけどもそれゆえの安っぽさのある「あーいかにも」感の高い光もの CG 演出が見られたような。水溜りごしの光とか。
      • ソフィーがハウルの過去を覗き見て脱出というか戻ってくるところでの CG 演出は、これはこれでちょっとまだ前衛的というか定番に入りきってないあぶなげな美術な気がした。例に持ち出すのはあれだけども「2001 年宇宙の旅」のラストの CG 爆発シーンみたいな。制作時期の技術的最新とか、制作時期のセンス的かっこよさとかに寄せた絵作りは、数年後に見返したときに古ぼけて(または当時に想定されていた印象とズレて)受け取られてしまうんでないかなーとか思っていて、そういうのはスタジオジブリ社は避けてるんだと思ってたのでそこが意外といえば意外だった。
  • キャラク
    • 安彦良和氏の幻影?
      • 詳しいひととかに言ったら怒られそうな気がするんだけど、「もののけ姫」以降の宮崎氏作品の主人公格のひとたちの顔って、ときどき安彦良和氏のラインと重なる瞬間があるような気がするんだよなあ。違うってのは見てわかりつつも。なんなんだろ。彼らが若手一流であった時代から離れすぎてしまったので、彼らの線の特徴を時代のものとして近似してみてしまっているんだろうか。
    • ソフィーばあさんと荒地の魔女の、王宮の階段登り勝負
      • ラピュタ時代だと「おっさんとおっさんの力比べ」に相当するシーンか。こういう単純なおもしろさは劇場アニメだと忘れちゃいかんのだろうなと腑に落ちつつ見た。あと、いまどきだとおっさんが殴り合ってもあんま説得力とかおもしろさとかないよなと思った。
    • 荒地の魔女の後半の(魂の)キャラクタデザイナは漫☆画太郎氏か?
      • 見た目だけでおもしろいキャラクタ。どうしても笑ってしまって困った。
    • ハウル役が木村拓哉氏だというので公開前は否定的な意見が多かった気がしたが、公開後は肯定的な意見のほうを多く耳にして、おれの場合は、スクリーンを見ながら一度も木村拓哉氏の顔が浮かんでこなかったので、ああこれはちゃんとハウルの声になってていいよなと思った。
    • ハウルの声が木村拓哉氏だというのに、なんでカルシファーの声が香取慎吾氏じゃないんだ」
      • 「それなら隣国の王子役は草磲剛氏であるべき」
    • 宮崎駿氏と近藤喜文氏と赤毛のアン
  • 魔女三人はハウルのことが好きすぎる。
    • 「王宮の魔女=ジャニーズの偉いひと・荒地の魔女=ファンクラブの幹部・ソフィー=アイドルまんがの主人公(「快感フレーズ」における愛音のポジション)」か?
      • 王宮の魔女はハウルの能力が欲しく、彼を自分の手で操りたい。幼少時代のハウルを擬した人形?をたくさん侍らせているあたり、かなり根の深い変態セレブ。
      • 荒地の魔女ハウルの美しさが欲しく、彼を独り占めしたい。性悪ではあるものの欲望に正直で、根は単純。
      • ソフィーは…、よくわからん。たぶん彼の持ってるものではなく彼自身が欲しい。顔も能力も失っても愛せる系。
  • 動画がおもしろかった
    • とにかくよく動き、水準は高く、おもしろいが、全編通して均質に安定しているという印象は弱い。
      • 作画資料作成が追いつかないほど動いていたと取るか、クオリティが安定していないと取るか。
      • ただ動くだけでなく変容する。特に終盤、ソフィーの年齢が振り向きながら動的に変化するカットはすごいと思った。変態だ。変態の仕事だ。すばらしい。
    • ラストシーンが拡縮でなく、ちゃんと動画で引いていたのがよかった。ベタにデジタルで引いていってたらあすこは単にそういうプロセスを埋めるだけのシーンになり、最後のシーンとしての情感は出なかったと思う。あまり大きな動きはなくとも、空間に対して線をフレーム毎に引いていく作業量感によって押し上げられる魅力っていうのは、特に劇場アニメだと確かなものとしてあるよなと思う。「動画だけで感動させるってのはこういうことだー!」みたいな。かつての一連の松本零士氏原作の劇場作品とかでも、必ずそういうカットはあった。

やっぱりまとまらないと思ったのでソフィーの件については後日。