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選択肢の廃墟 / 年輪を持つオタク

  • 理系の研究室にある私物のマグカップにプリントされているキャラから、所属する研究員の年齢層はかなり正確に推定可能である(彼らは高校 or 高専〜大学までの時期に好きキャラマグを買い、それが更新されることはほぼない)。このことから、しかし「オタクの情熱は 1 クールだからな」は文科系ジョーク、とまでは断定できない。まあ余談。
  • ようは「コツコツやること」に対する耐性の問題とかでもある。好きキャラが更新されていくのではなく、好きキャラの変遷が年輪のように積み重なる、というイメージ。経年で付着していったマグカップの染みのような。
  • 年輪を持つオタクに黒歴史はない。
  • コレクションに関心は持てないものの、トーテムみたいなものは重要だ、と思う。グッズ屋の棚を睨むときの、いまの自分が欲しいものすべて、ではなく、明日の自分に遺せるものはなにか、という視点。まあそんな意識をあらかじめ抱える若オタがいるようならおっさんオタは責任をもって総括しろ、と言える話ではあるか。当時の選択よりも、流れのなかで結果的に残ったもののほうが長い目で自分にとってリアルだ。

…やはりここでも、爆発的な意志よりも、微弱でも持続的な意志が重要となるな。やっぱオタは植物のように生きるほうがよいとなるが、それだけでもおそらく足りない。べつに祭りが重要とかそういうんじゃなく。近年漠然と考えてることなんだけど、オタク的な屈託て制作者側が持ってればいいものであって、オタクが内面化しなくてもいいんだよね、まあオタクだからどのみち趣味として内面化しちゃうし、むしろ制作者が持ったほうがいいんだとすればそういう客が出来たから、という順番なんだけど。なんか本来的じゃないものが定着しちゃったので歴史が歪んだかなあ、という感覚があって。