the social network 関連
引き続いて(http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20110128#p2)の蛇足。
- おれは「あ、なんかブレイクする、これまでの価値体系と何も関係なくアッパーストリームに引っこ抜かれてビッグになるやつが出る」の直前くらいのヒリヒリ感が好き、という意味で「8mile」作中の空気感とかが好きで。ブレイクするためにはシーンが盛り上がらないとダメで、シーンが盛り上がるためにはその中に価値体系みたいなものとか勢力とか役割とか序列みたいなものができないとダメなんだけど、ブレイクしたときに報われる人数は少なくて、しかもシーン内の序列は救済順番と必ずしも結びつかない、というのがイイよね。…という雰囲気も映画「ソーシャルネットワーク」には期待していたのだけど、そこはいまひとつだったな。ドラマが主要登場人物に集約されていて、ザッカーバーグ周辺の地味ギークたちの光陰がどうなっていったのか、よくわからず。たぶんそっち知りたきゃちゃんと Facebook 側を取材したドキュメンタリ読んだほうがいい。
- ザッカーバーグが彼女に振られたときについた悪態のひとつに「あいつの親はドイツ人」みたいなのがあったんだけど、あれはどういうニュアンスの罵倒なのかな。連想できることは二つ。ドイツは元枢軸国なので往年のハリウッドアクション映画の敵役は大概ドイツ人(やドイツ系アメリカ人)。あと South Park 知識により、ドイツ人の作る AV(カートマンのママが出演している)は大概変態的。勘では後者のほうかなーと思ったりもしたが(理由:そのとき彼がついたその他の悪態も、彼女を性的に揶揄するものだったので)、そういやザッカーバーグてユダヤ系なんだよな。でもそれを加味すると前者の罵倒だとした場合ニュアンスが随分重くないか。やっぱ後者のほうが穏当な気が。わからん。
- South Park の Facebook 回(http://www.southparkstudios.com/full-episodes/s14e04-you-have-0-friends)も見た。ソーシャルネットワークにもサウスパークもそれぞれ「なんか Facebook 使いたくなくなるゲンナリ感」があるけど、そのゲンナリ感には方向性の違いがあるな。サウスパークのそれは「インターネットで人間関係やりこむとか…」みたいなコンピュータネットワーク自体に対するゲンナリ感だが、映画は「実際の Facebook のことを考えるときには、この映画は別に見たい情報ではなかった」みたいな感覚。ゲームやアニメなどの制作バックストーリーに興味ないかといえばあるけど、web サービスにはそういうものを全然求めていない(というかなるべく知りたくない)のかもなおれ。ストーリーとかで語られると「いや…機能だけ提供してくれればいいんで…」みたいな変なしりごみ感が出る。…ということは、つまり、おれはまだゲームやアニメを「利用するもの」として割り切れていない。
- あと、映画でもサウスパークでも「Relationship Status で彼女とモメる」ネタがあったのは笑った。ギャグとして定番化しているのかもしれない。
- ところで Facebook を題材にした「ソーシャルネットワーク」と同時期に、綴り違うけど(GLEE と GREE)映画「グリー」が公開されてんのは、なんだかちょっとおもしろいね。絶対に関係ないけど「ソーシャルネットワーク」内でグリークラブを馬鹿にするような台詞もあったりとか。