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最近のアニメ - スレイヤーズ REVOLUTION がちょっと怖い

あろうことか今期の TV アニメではスレイヤーズの新作が放映されている。これは怖い。

スレイヤーズといえば過剰な黒歴史化の権化みたいなタイトルであるから、秋葉原の路上でドラグスレイブの呪文を詠唱したなら、いまでも道往く 20 代オタの何割かは呪殺できるんじゃないかと思ったりするわけだが、おれが感じている恐怖はそっちではない。おれはたぶん当時のスレイヤーズ現象の中核を担ったことがないので、あんまそういうのはないんだ。そもそも当時のスレイヤーズのアニメって点々としか見てなかったし。林原めぐみ氏に対する屈託とかもあんまなくて、むしろそういうめんどくさい系の界隈の存在はインターネット以降、21 世紀以降、オタク文化圏外、惑星開発委員会の用語辞典で知ったというくらいであり、つまりかなりピュア寄り。

じゃあ何が怖いのかというと、なんつーか、スレイヤーズが、新作なのに、昔となにも変わってないように見えることが怖いのだよね。むかしのシリーズを熱心に見ていたオタなら、こういう感覚にはならないと思う。いろいろ違うところはあるはずだ。林原氏の声の張り方とか、当時の終盤はだいぶへちゃむくってるかんじしたけど今は逆にリラックスしたうえで丸い印象だなーとかそういうのはあるけど、違うかもしれず、細かいところで実感がない。セルとデジタルとで変わるのであろう絵の質感とかも、旧作を目に焼き付けてないので曖昧。漠然とした印象でしか比較できないので昔のまんまに見えてしまっている。で、昔のまんまでなにが困るのかっていうと、なんかスレイヤーズが放映されているおれの部屋の時空が歪むんだよね徐々に。もしや今は 90 年代ではなかったか。世界は過去に巻き戻ってしまったのではないかと。でもおれの部屋なんだよ。2008 年だ。巻き戻ってない。世の中は便利になった。XBOX 360 がある。ノート PC も当時では考えられんほどスペックが高い。一方おれはもはや若オタではなく、ロートルで、体力も衰え、脳も固く縮んで錆び付いている。

オタは一般に、ありそうな状況での反応や応用の訓練は疎かだが、突拍子も無い状況に放り出されたときどうすればいいかのイメージトレーニングを欠かさない。隣のクラスの女子からバレンタインチョコを貰ったらキョドるけど、その瞬間にも「ある日突然空から降ってきた女の子に対する口説き文句」ならば 10 や 20 は準備してあるものだ。同様に、ある日突然神が自分の部屋にあらわれて「強くてニューゲーム(肉体年齢は巻き戻るけど、記憶や習得した技能などそのままで、過去をやり直すというオタ妄想テンプレ)させてやってもいいけど、どうする?」とか聞かれたときに誘いに乗るか乗らないか、みたいな想定は誰でもやり込んでいる。おれの場合「乗らない」と決めてある。現在のおれはかなりの偶然や幸運の結果ここに居るので、やり直してモアベターを目指しても、たぶんそれなりに苦労するし今よりまずい結果になる確率も低くなく、第一そんなことすればおれは確実に前回より不真面目になるので、たぶんいろんなものに見放されてしまうから、そのリプレイ機能は使いこなせない、というかんじ。

というようなわけで、おれは仮にそれができるとしても過去には戻らんぞと決めているのに、TV に映し出されたスレイヤーズは、おれの部屋の時空を仮想レトロ方向に引きずってしまうわけなのだ。このときおれ自身は、おれの決定どおり、疲れた 2008 年のおっさんのまま。この恐怖。たしかにおれは選ばなかった、やり直さないと決めた、しかし神はその返答を受けて、あるいは「おれを除く世界全部」が強くてニューゲームをやり直している世界に、おれを放り出したのかもしれない。おれだけが 2008 年のまま、世界は 90 年代をやり直しはじめたのかもしれない。部屋を出て、カーテンを開けて、あるいは夜が明けると、ここは 1998 年なのかもしれない。

…という妄想に襲われて、一瞬だけどゾーッとなった。まあ次の瞬間には戻った。なにせゲームもネットも常時接続の時代だ。XBOX Live をみれば同時間を生きるフレンドが居り、Twitter をみれば新しい post が増えている。夜中一人でビール飲みつつアニメ見るのも考えものだよ。墓場鬼太郎とかよりよほど怖かった。