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やはり人間密度感の高すぎる世間を渡っていくには祈りの部屋が必要

暮らしと比べて圧倒的にソーシャル密度の高い現状のインターネットは、かつてあった「無人の野に無数の人々の痕跡をみつけてゆく」ようなインターネットの姿とはまったく違う。ソーシャルはいまやほとんど物理的な圧力まで伴ってプライベートの箍を押しつぶす。匿名&半匿名ユーザにおいてインターネットに対する巨大なプライバシー領域といえば暮らしのことだが、「ネット=仮想:暮らし=現実」みたいな牧歌的な話で誤魔化せた時代でもない。現実のウサを別の現実に持ち込んでもつまらない。もっと強力で無関係なプライベートが必要だ。キリシタンじゃないので懺悔とかは要らないが、己と向き合ったり向き合わなかったり、なにかと向き合ってるうちに自分や他人が消えたり現れたりするような、押入れとか秘密基地とか地下研究室とか、なんかそういったものがあったほうがいい、べつにそれは現実上になくても構わない。というような筋合いで。

  • インターネットでフレームアップしがちなひとは、インターネットの合間にシングルプレイのゲームを挟んではどうかと思ったりする。いっこ post するたびに、かんたんなパズルゲームみたいなんでもいいから、誰にもつながってない自分だけのゲームをクリアする時間を挟む。
  • インターネットの隣にあるゲーム、という点で、TV 部屋がないなら家庭用機ゲーは若干重たいのかもしれず、携帯機ゲーか携帯電話ゲーのほうがありそう、まあたぶんソーシャルゲームでもいいんだけど、ソシャゲて他人のペースに気を揉まされる場合もあるので(課金しなければ大概作業待たされ時間が発生して「自分のペース」を作れるようなデザインになってないし)、やっぱシングルプレイのがいい。
  • 「これクリアしたら次こういう内容を post してやるー!」とか思いつつ遊んでるうちに推敲とか論理の穴とか見つけられるし、または「…いやこれやっぱやめといたほうがいいな」と思い直すこともあるかもしれない。往年の用語ではクロックダウンとか、いや普通にクールダウンでもいいのか、そういうのだけど、ただモニタに向かってじっとしてるとか、投稿フォームに書きたいだけ書いて投稿ボタン押すかわりに Ctrl+W とか、ほかの web 見てお茶濁してても、やっぱり気が急くだけのひとも居ると思うので、自分に対して「とにかくネットでいっこなにかやるたびゲームを挟む」みたいな明示的な習慣付けをしておくのはアリなんじゃねーのっていう。ちょうどネット環境の横に Xbox 360 が置いてあるなら都合がいい、GWRE2 はインターネットのお供にも最適だ。マドマギは人生、Fate は文学、中恋は AURA、マブラブオルタは玉砕、そして GWRE2 は祈りだろ。
  • あ、Reblog も祈りか。じゃあゲームのかわりに Reblog でもいいのかもだ。やっぱ Tumblr は Klax に似ているというか、Tumblr が Klax に似ていないのはおかしい、という主張を続けていかなければならない。
  • まぁでも、ゲーム遊んでてコントローラ投げたりモニタ割ったりするタイプのひとはシングルプレイでもだめだね。いつしか壊れたコントローラや割れたモニタと向き合う沈黙から立ち上がってる哀しみが、なにかを昨日と違う明日へと変えていくかもしれないが。

根本的には、インターネットに全人格を表出させているつもりとか、全人格的なコミュニケーションを希求していったりするのがヤバいんじゃないかな…。