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最近の漫画 - WAHHAMAN 関連

数年ぶりにワッハマン読み終わった。いやスゲー。ものすごいものだった感はやや減衰したが、やはりおもしろい。おもしろいうえによくできている。しかもよくできすぎてはいない。こういうリズムの、こういう呼吸の、こういうスケールの、ほんとこの漫画好きだなおれは。ある程度の大枠は仕掛けつつ、そこまで無茶苦茶計算され尽くしたわけではないのであろうお話のなかに、完全な計算で世界をデザインしたボスがいて、そいつがうっかり死ぬ、あるいはその死すら計算されていたのかもしれない、はたまた死んではいないのかもしれない、という余地を残して、しかし星系レベルでのほぼパーフェクトなエンディングまで描き切るという、ええいこの漫画は何なんだ、なにがやりたいんだ、あるいはやりたかったのか、やってるうちに見えてきた結末がこれなのかもしれないが、いまだその真相を見極められない、というか見極めることが原理的に不可能であるという、かなりメタメタした状態に陥る。飄々とした作風にも一本通る骨太の計算高さ、まさしく 90 年代の空気感、とくに終盤展開の暗さは、2009 年には過剰と思えるほど濃密だ。

  • ところで、ワッハマンのおもしろさの話とは全然関係なく、ワッハマンといえば忘れられないもう一本のタイトルが藤田和日郎うしおととら」で。この話けっこうしてるはずなんだけど、日記には書いてなかったっぽいので改めて書いとく。
  • うしおととらには、連載当初は大好きな漫画のひとつで、一本一本の話がわりあい独立してサクサク進む中盤あたりまでは楽しく読めていたのだけど、いろんなキャラクタが絡みだす中盤以降ちょっと面倒くさくなって、さらに因果が収束する終盤展開をみて当時かなりはっきりとキライになって、あまり何度も読める漫画じゃなくなってしまった、という経緯があって。あの終わり方が気に入らなかったのだね。まあおれが若かったという事情もあるけど、いまでも基本的な態度は変わっていない。
  • その「うしおととらの話の畳み方」に対するひとつのアンサーとしての「ワッハマンの話の畳み方」っていうアングルが、あるんじゃないかと思ったりしている。…と思い込める根拠は、藤田和日郎氏は修行時代あさりよしとお氏のアシスタントをやっていて、この二人は師弟関係にある、というその一点だけなんだけど。うしおととらの最終巻から三年後のワッハマンの最終巻が、おれの中ではあまりに対照的に映ったのだね。そして、ワッハマンの終わり方のほうが、おれは好きだ。
  • というのは別に、主人公をめぐる終わり方の話とかではなくて、どっちかっていうと脇役の扱いの問題で。藤田氏は、あのとおりの情熱的な作風だから、脇役だろうがチョイ役だろうがなんだろうが、抱えてる問題とか全部拾って流れに編み込んできちんと描いちゃうというその豪腕、作品世界に対する情の厚さが魅力で、そしておれにはそれがキツい。「全員助ける、全員だ!」みたいな。全部自分で描き切ってしまう。なにもそこまでやんなくたっていいじゃん、もっと読み手を信用してくれよと(までは言いすぎだが)思う。藤田氏の投げかけるメッセージ性は、その作風のおかげで全然ブレずに感動的なのだが、キャラクタは作品からこっち側まで投げ出される感覚がまるでない。こっち側というのは、書き手に対する読み手、みたいな狭い領域ではなくて、暴投したら誰も拾わずに奈落に落ちていくのかもしれない現実側、みたいなニュアンス。うーん、うまくいえんが…。
  • 主役級は、そりゃストーリーの根幹に関わるので克明に描かれなければストレス溜まるが、にしても全部を・完全に、みたいな描き方をする必要はない。ワキであればなおさら、ある程度放置されてていいと思うんだよね。でなきゃ息苦しい。作品内での「完全さ」の孤独、のような体感になってしまう。ワッハマンのパパのような。うしおととらワッハマンを対照的と書いたが、実際にはワッハマンにおいても脇役の結末などはかなりハッキリと表現されていて、ただしそのことは感動ではなく、むしろ病的なものを感じさせる。それが 90 年代的、あるいはデッチあげてエヴァ以降的な気分というやつなのかもしれないが、ともかくそれは、「まともなもの」ではない。その感じ方を大事にしたいと思った。
  • 冷静に考えれば、費やせる紙面の量みたいな具体的な事情によって決まってるというだけの話っぽい気もしなくはないんだが、あさり氏なら十分な枚数を与えられたとしても、描きうる全部を描くというような方法は採らなかったと思うし、そう思うからワッハマンは、うしおととらに対するアンサーなのではないかと思い込めるのだ、よくも悪くも。

とかなんとか、指が疲れたのでここまで。