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三国志

読了。これはおもしろかったので読本も買っていいかな。

  • おいおいほんとに 13 巻で終わるのか?と最後の最後までハラハラしつつ読んでいたが、ちゃんと終わった。なるほど。
  • 国の体制が整ってくると、親玉が野望をもって部下を引っ張っていくという形から、野望を持つ部下が親玉の下で献策をしたりして国の形を自分がこうあるべきという形にもっていこうとする、という闘争に変質していくのかなあと思っていたが、それは三国志の終わり方に関係していた。
  • ストーリーというか、流れベースで考えていたのでハラハラしてしまったのだが、北方三国志はそういう考え方で区切られた話ではなかったということだ。乱世に芽生えた「天下を一つに」という志、悲しみかもしれない夢、それが北方三国志の描いたものだった。だからそれを抱いた最後の一人が死んだとき、北方三国志は終わるのだ。
  • 張衛は秋(とき)をつかめなかった男の代表だったか。こういうキャラクタが丹念に描かれたというのも北方三国志のおもしろいところだ。彼は歴史的には意味なく死んだと思うけど、北方三国志の世界においてはとても重要な役割を果たしたと思う。なにをしたとかどうなったとかを気にしていたので心配だったのだが、そういうことではなく、ともかく張衛のような男が居たという、それ自体が重要だったのだ。三国志というと功成り名を遂げたキャラクタが山のように居るのでそればかりに目を奪われがちだが、その影には功成らず名を遂げられなかったキャラクタもまた山ほど居るのだろうということで、張衛のエピソード群は、そういったことをしみじみ感じさせた。現実の暮らしには張衛候補生が溢れている…。とにかく結果からいえば、間の悪い男だった。生まれが遅すぎたのか。場所が悪かったのか。人の問題か。それでも恵まれてはいたはずだった。しかしだめだった。どこで間違ったということでもない。それでもやはり、なにかは足りず、どこかで誤ったのだろう。自分の流れで生きることができなかった。他人を巻き込むほど強い流れになることができなかった。馬超のように世を捨てることもできなかった。中途半端だったのだろうか。しかし、だからダメだとか悪いとかはいえない。成したり遂げたりとはいえ、誰もが張衛のようでもあるのだ。曹操でも、劉備でも、諸葛亮でも。世の中ってむずかしいなあ。