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就職活動で苦しんでいる若者が「希望を持てない」と悩んでいたのが意外だった

文学フリマ後に混ぜてもらった打ち上げで、考えたり喋ったりしたことなど、思い出せる範囲のメモそのいち。就職活動で苦しんでいる若者が「希望を持てない」と悩んでいたのが意外だった関連。

  • 好き勝手&漠然と生きてきたので一般的な感覚がよくわかってないのだが、やっぱ普通は希望って要るのかね。というかこの場合の希望て何。漠然と「がんばってればいつかラクしてトクできる」みたいなものか。そのようなおれの感受性がつまり、希望格差社会において生み出された自意識なのか。おれが新社会人だった頃の場合でいえば、むしろ「希望を持て」とか言われれば当惑したとおもうよ。
  • おれの場合、進路的にまともなほうに行った同年代にはあんま興味がなく、だいたい「ダメなやつとはだいたい友達」路線で生きてきており、もうちょっと突っ込んだら「おれたちってたぶん 30 歳越えたらだんだん生活が立ち行かなくなって、そのあとは食えなくなったやつから順に死ぬよね?」という感覚がずっとある。実際その見立ては、いまのところわりと正しい。ただ、「もしかしたら、このままヨボヨボと(意外に)長生きするっていう可能性もあるかもしれんな」という漠然とした未来への「希望」…というか、むしろ不安といってもいいようなものが見えてもきて、さてどうなったもんかと、おれや(それなりに少なくない)おれの同類が、茫洋とした目でそれぞれの行く先を眺めている、のではないか、という状態。
  • 食えるうちは生き続けて、食えなくなったら死ぬんだよ、それは当たり前で、自分がどちら側に振り分けられるのかはわからん、生き残る側に振り分けられるという「希望」が持てないことを悩む、それを新社会人前後の年齢で、というのは、だからおれのリアリティからすればかなり意外で。ナチュラルボーンライフハッカーとしていえば、とりあえず「死ぬよねー死ぬ死ぬー」とか思っといて、後年「生き残ったわー」とかブランデーくゆらせつつ思い返すほうがラクでハッピーなんじゃないか(死ぬルートに分岐した場合は、死んでるのでシチュエーション考える必要なし)、だってその希望てどこまで辿っても確証には行き着かないので、悩もうが悩むまいが関係ないし。
  • そういうおれの気分って何によって作られたのかナー、オタク趣味のやりこみかなー、就職氷河期とかかなー、世紀末世代的な気分かなー、たぶんそういうものと 90 年代末の「ゲーム業界残酷物語」的な時代嗜好や、あるいは偽悪的・露悪的なインターネットノリは不可分につながっているよね多分。

この話は終わって、流れとしてはもうちょっとつづく。