matakimika@hatenadiary.jp

WELCOME TO MY HOME PAGE(Fake) ! LINK FREE ! Sorry, Japanese only. 私のホームページへようこそ!

ゲーム CG が漫画やアニメに絵力で勝ちづらい問題関連

Twitter で I 氏がそこいらへんの問題についてボヤいていたので絡みに行ったログの増補改訂。

  • ゲームキャラのパンチラを防止するとすれば、カメラとモーションを固定にする(またはカメラに制限をかける)か、またはカメラ視点でパンツとの衝突判定取って(未来予測込みで)、パンツが見えそうになったらカメラを移動させるか切り替えるかするってのはどうか。根絶でなく希少性というアプローチなら、基本的には見えないような制限かけといて、あとはクロスシミュレータのいたずらに期待、くらいだと雰囲気くらいは出せるのかも。
  • 漫画のような時空凝縮、アニメのような画角混在技法に対抗するには、やはりアングル変化によってモデル自体をモーフさせる四次元モデリングが必要か。とはいえ十分ではないよなー。CG は立体で構成されていて、漫画やアニメは記号で構成されており、またディフォルメ自由度(≒立体の場合画角制御と解釈するしかない)がゲームは貧弱。キャラクター表現として立体と記号を混在させるメディアであることは共通なんだけど、とにかくゲームには仕様が必要で、漫画はそれが要らず、アニメはその中間、というかんじ。
  • アニメや漫画と比べて CG の絵力を物足りなく感じる理由として、機能の話以外に「それが一回性ではない」というのもあると思っている。これはパンチラ問題も同根で。殊にゲームの場合、同じ条件で同じ操作を繰り返せば、プレイヤが任意に何度でもシーン再現することが可能であるから。まあ問題というか、それこそが CG の利点でもあるわけなんだけど。
  • アイマスとかは固定モーションに決め打ちのカメラに決め打ちの画角で、一回性の領域に微妙に食い込んでるので受け手側の感じ方が微妙に違うと思っている。ここでいう一回性というのは「このシーンに対してこれがベスト」という作り込みのことで、体験として一回ということではない。
  • …用語「一回性」のブレはなんとかしといたほうがいいな。二つの段階を想定しておく。「現在の可能性を保有しているのは現在その瞬間だけ」という一回性(現実)。これは本当にレアで体験として強力。そしてその体験の映像記録の一回性および、「その時」を再現するため、視点を FIX したシーン創作行為がそれに準じる(漫画やアニメ、ゲームの固定デモ)。これらは繰り返し視聴することが可能で、その意味「一回」ではないといえるのだが、映像記録に関しては「戻って別のアングルから撮り直すことができない」という意味で「その時」の一回性の制限下にあり、アニメや漫画についていえば描き手がやる気になれば同じシーンを何度でも作り直すことは可能としても、アナログ作業が混じる以上「完全に同じ絵」が出来上がることはない(同じセッティングで 100 回レンダリングしたら 100 回完全に同じ絵が出来上がる CG との違いというやつだ)。まあ漫画は単行本になる際描き直しが入る場合があるし、アニメも DVD パッケージなどで修正が入る場合があるしで、あんまはっきり区別することができなくなりつつあるんだけど。というか単行本や DVD 版の修正は、「架空の本物(現実)」が置き換わる現象としてゲーム的なのかもしれない。
  • 格ゲーキャラのパンチラモーションとかは何度でも再現可能なんだけど、対戦している状況では受け手側の体験(ゲームプレイ)の一回性が絡むので、ゲーセンでは意味がなくはなくて(ものすごい好勝負の決着にパンチラモーションが出たら、たぶんそれは鮮烈に記憶されると思うし)、でも家庭用版だと安全に再現できるものでしかないからありがたみが全然ない。シーンと呼ばれるものは、漫画やアニメにおいては画面上・紙面上にこそあるんだけど、ゲームの場合は画面上のシーンと同じくらい、受け手側のシーンが重要という意味でもあるっていうか。いや漫画アニメにおいても、その批評的な場において受け手側のシーンというものは想定できるわけだから、べつにそのレイヤの存在においてゲームが特別ということではなくて、ただ、ゲームの場合はそれがユーザにとって標準的で自然な感じ方だという話か。

とかなんとか。