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高度化の結果として生じるムラ社会

なんにもなかったところにでもある程度インフラが整ってくると、インフラにのっかるコンテンツの質量が増大し、意味のあるネットワークになっていく。寒い世界が暖かくなったり、ありがたいことが自明になったりしはじめる。以前はそこに誰かが居ただけでうれしくなったりもしたけど、いまはまあなにかできるひとがそれなりのことをやってくれるとおもしろいなあ的な。ポツポツとすごいひととか偉いひととかが出はじめる。鶏と卵が競い合って世界を高度化してゆく。そうなってくると、今度はもうなにかができそうなひとが大量にあふれかえるようになって、誰が誰だかもよくわからないし、じゃあべつに誰でもいいやというかんじになるが、それだけだと虚しいので、やっぱりそこに何らかの「だからこそ」を求めたくなってくる。が、それがわかりやすい基準だと、設定した瞬間に埋め立てられてしまったりしてあまり意味がなく、だから、界隈における作法は形式を捨てて暗黙的に見えづらく隠蔽されるようになっていく。「恥」とか「見栄」とかに突き動かされて「スジ」とか「空気」とかを乱さずドライブしたほうが「正しく待望されているなにか」というようなわかりづらいレース。でムラ化。そこが「場」であると錯覚しているメンバがある程度均質化すればムラ化し(差異が少ないからわかりづらいギャップで差異化を図る)、またムラ化した「場」には参加者の均質化をブーストする性質がありそう。でもムラ化すると血行は悪くなるのでなんとなくムラの内と外に壁ができて、内側に求心力があるうちはいいぐあいのテンションが生じて盛り上がったりもするけどそれが失われていくと出来上がった壁がてこ入れを阻害し過疎化したりもすると。