コンスタンティノープルが陥落
テーブルがフラットな黒地だったり布団に寝転がって使う場合畳置きだったりして、ボロい光学式マウスだとポイント検出に難があるので、自室でノート PC 使う場合はマウスパッドが必須となっているわけだが、このマウスパッドというのが意外に曲者で、わざわざ探して買うようなもんでもない気がするし、かといってちょうどよいものがいつでも無料で転がってるかんじでもなく、どうしたものかと思っていたところ、読み終わって手元に転がっていた塩野七生「コンスタンティノープルの陥落」をマウスパッドがわりにしてみたら、書店でかけてくれた白いブックカバーがちょうどよく移動量を拾いやすいかんじの柄で、本が薄手で扱いやすいこともあって、なんとなくそのままの位置に収まり続け、結局おれの部屋の中で「コンスタンティノープルの陥落」は「マウスパッドがわり」から「マウスパッドそのもの」へとクラスチェンジすることになった。この本買ったのが 2004 年の 10 月頃のようだから(http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20041017#p3)、ほぼ二年弱活躍した勘定になる。
けどまあそろそろいいかげんブックカバーがボロボロになって検出精度が落ち、マウスパッドとしての役割を十分には果たせなくなってきた。カバー外して文庫本としての役割に戻し、本格納箱に収める時がきたか。じゃあ次はなにをマウスパッドにすればいいというのか。ちょうど読み終わった薄手の本としては杉浦日向子「一日江戸人」があったのだが、これはブックカバーの紙質がイマイチでマウスパッドとしては不足なかんじ。困った。適当に薄い本で白地のザラザラしたブックカバーの…、いや、べつに本をマウスパッドとして使う必要はないか。小ぶりなマウスパッド(本物)をどっかて買ってくればいいのだ。