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三国志

読書可能時間のわりには読み進めている。いまのところ一気読みに耐える躍動感といえる。

  • 北方三国志といっても、史実だとか三国志演義だとかとは展開においてそう変わったところはない(はずだ、ほかの三国志まともに読んだことないので知らんけど)。というわけで、北方三国志の読むべき点は武将の心理描写にある。このときこいつはどういう状態でなにを考えどう感じていたのか。北方氏もそのあたりに要点を絞って仕事をしていそうだなと、読んでいて感じる。たぶん誰が三国志を書いてもそうなるだろう。
  • 戦術語「揉む」と並んで重要なのが「秋(とき)」なのだなとわかってきた。「秋(とき)」は、戦略語というか政治語というか、人生に対する用語として応用範囲が広い。北方謙三氏作品はあまり読んでないが、ほかの作品でも使われてるのかも。
  • それにしても戦争ばっかだなあ。さすがに戦乱の世といったところか。戦争シーンばかりを選んで書いてるってのもあるか。描かれている場所以外ではあまり戦争してないと考えればいいのか。
  • わりとなにがどうというようなこともなく死んでいく袁術はともかくとして、当初から明らかに格上の存在として描かれている袁紹について、心情描写の頻度が妙に少ないのはおもしろい。まず語るに足る戦争当事者になった回数が少ないというのがあるだろうし、さらにいえば乱世を抜け出し英雄として並び立つことができず死ぬという結果からの話もあるだろうが、そういうのもありつつ、もともと袁紹のような人物については少ない描写で印象付けしておいたほうが全体としておもしろくなるという判断もあったのかなと思った。周辺の人物からは無視できない存在として間接的には何度もその名が登場し、しかしなかなか直接に描かれないため、曹操の立場から想像される袁紹の大きさが計り知れず、不気味であり怖い。それが名門ということだろう。たぶん袁紹は、すくなくとも北方三国志においては「描かれない時期」にこそ最強だったキャラということになるんだろうと予測。描かれれば描かれるほど衰えていく。まあ名門が名門としてでかくなっていくだけの過程は、描いててべつにおもしろいものではなかろうしな。
  • ほかと比べて孫○(堅・策・権などが入る)パートでは「孫家」という書き方が多く、ここだけ一族が強調されている。ほかの群雄にも家族は居るしそれなりの人材も居るのだろうが、結局は親玉一人の偉大さに圧されほかの家族が勇躍する機会はそれほどなかったというかんじなのだろうかな。逆に孫家の親玉は次々死に過ぎるということでもあるんだろうけど。

あと、そんなこんなで親玉クラスの三国志武将名の区別がそろそろついてきたので、ゲームにも手を出してみるかなあという気分がちょっとしてきたな。