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最近の漫画

  • 榎本俊二「えの素 完全版」からアニメ「あしたのジョー」経由で森川ジョージ「はじめの一歩」に推移しているのだけど、それだけだと最近微妙に進めているオタ漫画慣熟訓練をサボることになるので、合間に桜井のりおみつどもえ」など読んだりしているが、「みつどもえ」読むとどっちかっていうと、すがわらくにゆき氏作品を読みたくなるだろうがダボがァー!というかんじになった。
  • あと植芝理一「謎の彼女 X」の三巻を読んだ。破壊力はないけど抵抗力を鍛えづらいところに透過してくる属性攻撃みたいな効果のある漫画だなー。
  • あとついに PEACH-PITローゼンメイデン」に手を出してみた。結構おもしろい。デフォルメキャラのゆるいコマとかで気も抜けるし。肩肘張って読み始めたら意外と気楽だった、という体験でいうと羽海野チカハチミツとクローバー」とかと触感は近いかも。いまのところ、なんでネットで評判になったのかについては読んでてもよくわからん。
  • 最近調べものをしていて、むしょうに日渡早紀ぼくの地球を守って」を読みたくなった。文脈的な意義とか抜きにして普通におもしろいんだよねーぼく地球。いまだと最後のほうをかなり忘れちゃってるし。
    • ただのサーチェスに興味はありません。紫苑、玉蘭、秋海棠という名前に心当たりのある方は私のところまで来なさい。以上。
    • 「前世はスゴイ」を考えると、ぼく地球とセラムンは外せないんだけど、そっちじゃなくて「異世界に行ったらスゴイ」もあるよね。ふしぎ遊戯とか十二国記とか。レイアースとかエスカフローネとかも一応そうか?
    • 異世界に行ったらスゴイ」を矮小化すると「普段はちびっこだけど魔法で大人に変身したり芸能界で仕事モードに入ったりするとスゴイ」とか「学校ではいじめられっ子だけど東京ドーム地下では格闘チャンピオン」とかそういうのもカテゴリ近辺に入ってきちゃうか。逆に素敵変貌が常態化しちゃってるんだけどほんとは地味でショボい系とかに「女装して女子高に潜入 / 男装して男子寮に潜入」とかが視野に入ってくるか。どうも手に負えん雰囲気になってきたのでもうちょっと絞って「転生(前世記憶が現世にオーバーライドする)系←→先祖がえり(現世記憶が前世にオーバーライドする)系」と考えるのはどうか。異世界ものってだいたい封建制とかだったりして制度的に古いし。

非現実と現実と仮想現実

  • 漫画アニメゲームは現実ではないから、両者に対するスタンスが同じだと困る。
  • ネットは現実の一部だから、両者に対するスタンスは基本的に同じ。

というのは自明だと思っているのだけど、考えてみれば「漫画アニメゲームとまったく同じ感覚でネットに接する感覚」ってありそうだよな。若オタ向けのアニメとか見てると、だいたいは了見の狭い連中が争っていたりするわけなんだけど、その構造って「なんでこんなに揉めるのかなー」と傍目にピンとこないネットの論争とかにも近い気がするんだよね。主要なプレイヤ同士がそうだってことではないけど、ブックマークコメント欄等に出没するオーディエンスとかその程度の関与度では、わりと。アニメとかだと相手の人格とかやすやすと全否定しちゃうような場面とか結構あって、でも暮らしでそんな状況滅多にあるもんじゃない。そして最近のネットではー、少なくないんだよなー。そのての界隈を観測範囲に入れ続ければ、という意味だけど。

…と考えるときに、「ゲーム・アニメ・漫画と現実の区別のつかないあぶないひと」というテンプレがあるけど、それの変形で「ゲーム・アニメ・漫画とネットの区別のつかないひと」ってのも、やっぱあぶないのかなーと思わなくもない。なぜそうなるのかという理由が、まあいまのところ辛うじて有効な「仮想現実としてのネット」という話でいうと、暮らしの人格とは別のキャラ設定で臨むことができるネット社交の場において「暮らしの自分」より「ゲーム・アニメ・漫画のキャラクタ」の規範を取り入れて自ら演じるようなひとがそれなりに居て、そういうひとへの対応としては、ゲーム・アニメ・漫画のキャラクタに対するそれのほうが、現実の対応より相応しかったりするという事情もあるんだけども、そういうところもすっ飛ばして最終的には、インターフェースの問題にすぎなさそうというあたりに落ちてくることを考えると、システム最強伝説っぷりに畏れ入るというか、まだまだコンピュータって蜘蛛レベルの知能だから、そのうえで走る仕様も微差で大きく変貌する程度の規模でしかないという話かなーというあたり。コミュニケーションツールが現実なみの仕様で動けば、ネットの向こうに居る人間とアニメキャラを混同するようなことはなくなるだろうか。または、アニメキャラが実在の人間なみの捉えられ方をするほうが先か。

ひろく言われる漫画アニメゲームの反語は「現実」で、ひろく言われるネットの反語は「リアル」だ。そしてこの「現実」と「リアル」の差異をどの程度自覚しているのか、という問題かもわからんね。まあ、ネットと暮らしのギャップを埋めるべく日夜活動する昼のブロガー勢とは志を同じくしない、夜のブロガー側の人間としては、仮想現実としてのインターネットは良い迷彩なので、簡単に衰退してもらっては困るんだけど。そのために交通事故もやむなしと言ってよいのかどうかは保留したい。