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今後のアニメ活動

池袋駅 | 060429

次になにを見るかという話だが、脳内クリップ上でのファーストプライオリティは「新世紀エヴァンゲリオン」と「機動戦艦ナデシコ」の再評価(墓参り)だ。オタ個人史的重要度でいえばエヴァンゲリオンのが高い気がするが、しかし今(というか去年から)みょーに引っかかっているのはナデシコのほうなので、たぶんそっちをさきにやる。というか近所の DVD レンタル屋にナデシコはあったけどエヴァはなかったという話だ。まあそれがなくても LD ボックス持ってるひと拝み倒して見せてもらうプランもなくはなかったというか。LD ボックス話でいうと、少女革命ウテナ全話マラソン(←いま日付確認してみたら 2002 年の 10 月だった)を途中でリタイヤしてしまったことが非常に悔やまれる。いずれなんとかしたい。

作品 - 社会 - 自我、の三角関係の問題

オタオタ話。いまいち考えにならないのでしばらく寝かせとく。

  • Kanon をやらないなんて、人生損してるよ… / Air で感動しないなんて、こころがしんでるよ…
  • エロゲやって人生最高に感動したって言う人って、かわいそうじゃね?
  • 経験の特権化に関する諸問題
    • 経験の特権化に対する批判はよくあるが、適当に特権化しておいたほうがよいこともある。
  • 作品内完結度の高さの魅力の色褪せ
  • 作品とメディア
  • ホモソーシャルと友情
  • 「友達を大切にする」とはいっても、べつに「自分を犠牲にして」いるわけではない。
  • 完成度が高すぎると、証がない。
  • コミュニティと自分
  • 同調圧力とかいってる段階はまだ安心(人類はその次までは永遠に到達しないと思うのでそこで不安になる必要はない?)

「幸福な自己完結」あたりをキーにつなげていくとまとまりそうな気がしなくもない。どの程度自己完結すれば安心と不安をうまく調整できるか、とかななあ。でもな。それもな。ううむ。あとおれの場合のきっかけは自アン成句「Kanon をやらないなんて、人生損してるよ…」「Air で感動しないなんて、こころがしんでるよ…」からなのだが、やっぱでもこういう話とエロゲー話とは混ぜるな危険だよな。それに限った話ではないのだし。

MOTHER 2 ギーグの逆襲

テレポートβてその場でグルグルなんすな。ちょっとしたスペースで可能。わざとぶつかりに行ったら失敗した。このちょっとしてるんだけど小さすぎないあたりが特徴付けか。単に便利なだけの技術など提供してたまるかというその姿勢。屈折した公共感とでもいうかなー。作品性とゴッチャになっている(区別されていないあたりも意図的な?)かんじが HAL 研社的というのか。

ピラミッドに入れたのはいいんだけど結構雑魚敵が手ごわくて、もちろん回復アイテムとか揃えているわけでもなく、あーこれフルオート(全部オート戦闘)でやったら途中で一回か二回全滅だなーと思ったが、それも面倒なので、ちょっとまじめにマニュアル戦闘を混ぜて進む。あーめんどい。けどたぶんこのくらいの感覚なんだろうな本来。あとそのおかげでサイマグネットのべんりさを知った。これいいね。PP 尽きたあとはサイマグネット使いながらちょっと回復→ちょっと使うのサイクルでかなりもたせられる。でもこんな時点で無邪気に喜んでるようではダメだよな。

で、なんとかピラミッドを抜けたー、と思ったらパーがまた連れ去られた。シナリオの都合によって。なんか修行だって。メテオ的ななにかの。もう開けっぴろげに勝手。好きにしたってくれ。けどこれ自体は決してダメではないのだ。たぶん。それでなくてはならんのだ。シナリオがとかシステムがとかいうことではなく。制度や事情の限界を大人の都合という題目が引き受けているということだ。たぶん。で、サイマグネットでギリギリもたせていたところのプー抜けの影響は大きく、適当に砂漠で戦闘を繰り返してるうちに全滅が続くようになり、ああこりゃいかんねと最後の PP を消費してネスの直線テレポート、脱出。街だかなんだか知らないが次の地点まで到達できなかったのでピラミッドからやりなおしだが、仕方なかろう。