最近のインターネット - 実名匿名関連のアレ
去年末あたりの Skype チャットで垂れ流した、特にまとまりのないアレの増補改訂。
- ネットと暮らしを紐付けちゃうと、ネットと暮らしどっちか一方でやらかした失敗が、両方に影響しちゃうわけなので、リスク管理的にはどう考えても下策だ。もちろん、どちらか一方で成功したときに、反対側もプラスになるという長所が注目されたから、実名ブロガーは増えたし、その流れが継承されてか実名 Twitter 利用者は多いし、さらには実名 Facebook 利用者も増えていくんだろうけど。mixi は、(個人情報が晒された事件の影響もあって)いまさらちょっとむずかしいかもわからんか。
- で、ネットと暮らしそれぞれでのプラスを両方にフィードバックするような芸当って基本的には「元から有名なひと」の得意分野で。無名人はメリットを大して得られない。ということは、多くのひとにとってデメリットの大きさしかないのに、なぜ実名にするのか、よくわからない。「最初からそうしていたから」という新規参入人口の比率が増していく、というだけのことかもしれない。あるいは「有名人に影響されてインターネットしているので、有名人のやりかたをそのまま適用しているだけ」とか(いや有名人も芸能人だったら本名じゃなくて芸名なんだけど)。まあ 15 分前まで無名だったひとが突如有名になる確率がゼロではないというのがネットの世界ではあるけども。「突如有名になる」という事態をプラスに持っていけるのは、元々(最初から有名人なみのスペックを持った)相当豪腕なひとだけなんじゃないかと思う…。
- で、そういう考えのおれのネット運用は、「友達にはある程度知られているけど同僚には教えない(というかある程度知ってる場合もあるけど絶対詮索しない)」みたいなかんじだった。あと、暮らしの上でのネット詳しい友人同士では「互いのサイトや SNS 内での活動とかは極力話さない」「ネットで盛り上がってる話題についての意見交換とかはする」みたいな脳内ルール。互いのブログは(知っていても)基本的に読まないし、SNS などでもフレンド登録は極力しない。する場合は仕事用の別アカウント。
- おれが互いのサイトの話とかする場合があるのは「ネット越しに知り合いになったひと」とだけだ。なんというか「互いに公私のすべてを把握する・される」という関係は、息苦しいのだ。相互監視社会って「監視されたくない」以上に「そんなの監視したくもない」ってのがおれの場合相当強くて。すべてを知るなど御免だ、というか「自分の知らない一面を持っていてほしい」という欲望なのかな。勝手に元気にやっててほしいという思いがある。