matakimika@hatenadiary.jp

WELCOME TO MY HOME PAGE(Fake) ! LINK FREE ! Sorry, Japanese only. 私のホームページへようこそ!

好きなものを守るためのマッチョイズムは贅肉だと言っている

ゲームにおけるマッチョイズムにもいろいろあって、まあ開発マッチョイズムとか、ガチ / 魅せ 論争とか、それぞれに経緯や意味があって、しかし、好きなものを守るためのマッチョイズムについては単なる贅肉だと言っている、というのもまあ、マッチョイズムなのだけども。

「おれたちが、これこそが好きだと思っているようなゲームが、今後出なくなるならば、出なくなってもいい、その業界が滅んでゆくなら、滅んでいい」と思っているということだよ。滅びを回避するための変化を受け入れようって心理は当然あるけど、それとおれの中に蓄積された嗜好のカタチは別問題だし。というか、流動する将来像を見越したリスク分散なら、当然やっているし、変化していくものを咀嚼してもいる。現実を、現在を、将来だけを、愛すべきであるとまで自己啓発する必要に迫られるほど、追い込まれていないということだ。追い込まれるようなオタ生活は送ってこなかった。準備万端で Vault にも篭れる。とりあえず、篭る道は選ばない。もっと足腰が衰えてからでも充分間に合う。

滅びへの恐怖感から嗜好を捨て去った態度を正当化するのがマーケットシェアでゲームを語る人々だ。ああなってまで守るべきスタンスだと、おれは思わなかった。どうにでも生きれるし、というより、規定されて生かされるほど、恩恵を受けてはいない。