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最近のアニメ - 苺ましまろ関連

どうも最近生活が薄汚れているなーと思ったので、苺ましまろ OVA など見て脳を漱ぐなどした。なんとかちゃーん。ぐぬぬ

  • 苺ましまろって、年上(姉や教師たち)の喋りが典型的な「窓際理系男子オタの独り言っぽい誘い受け口調」そのもので、そこだけちょっときついんだよな。非現実的なぽわぽわ美少女ワールドを構築しておきながら、なぜ並行してオタの実態を模写るのだ。そこがあるからオタにも苺ましまろ世界に取っ掛かりがあるって話なのかもしれんけど。対象物に萌えるための、作品世界とオタ現実の接続感などあってもなくてもいいんだから、必要のものとは思えない。なにか自然で理由の要らない手つきがそこにはあるのか。
  • 教師とか姉の台詞のたび「こういう喋り方する知人リスト」がスライドショー形式で脳内を右から左にズバァーと流れる。あの喋りが作法としてほかより良いということはないと思ってんだが(べつに悪いわけでもないんだが、「あ、オタだ」と強烈な属性付与感がある)、まあたぶん通用していなくはない、という、微妙な…。
  • というか、あの喋りてオタが先なのかオタ作品が先なのかはっきりせんよな。むつかしいところだが、感覚として「オタ作品の台詞」→「オタ作品の台詞を棒読みするオタ」→「まるでオタ喋りのような台詞をしゃべるキャラクタがオタ作品に登場」というフィードバックな気がしているんだけども。なにかで確認したわけではない。いちおう、「現実と地続きの近未来作品で、ガンダムみたいな巨大メカが登場したときにキャラクタが「ガンダム?」とか言わないようならそれは近未来と現実の接続感がおかしい(←「機動戦士ガンダム」というアニメ作品が存在しない仮想現実、から出発した近未来作品であるという設定考証の蓋然性問題っていうか?)」みたいな話で、オタが好きな世界にもオタみたいな人種が存在する、という表現に説得されるものがないわけではない、という考え方はあるか…。
  • あのてのひとは、苺ましまろ型喋りでなく、すがわらくにゆき氏作品に出てくるダメ人間型の喋りを体得するほうが、たぶんやりやすいと思うんだよなー。ちょっと水木しげる氏作品キャラクタにも似てる、あの肩を脱力させて二の腕を突き出して手首の力を抜いたフォーム。低温動物なりの諧謔とかと、あのフォームは似合う。