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皇帝とはなにか

塩野七生ローマ人の物語」を読んでいて、アウグストゥス氏ががんばりはじめるあたりからついてまわる妙な違和感というか、モヤモヤ感がある。なんというか、それ以降の物語の主役として語られる人物たち、文庫版最新刊ではタイトル(「悪名高き皇帝たち」)にまで挙がっている「皇帝」という称号の、当時のローマでの扱いが、よくわからないのだ。インペラトール(最高指揮官)と呼ばれ、プリンチェプス(第一市民)と呼ばれ、パーテル・パトリアエ(国家の父)と呼ばれるひとも居るが、そのものズバリ「皇帝陛下」と呼ばれたと書かれていない。いちおう「悪名高き皇帝たち(二)」で「インペラトール(最高指揮官=皇帝)」と説明されているが、軍事に関する権力だけでは実質的なローマ皇帝とはいえない。つまり、いろんな権利や権力や名誉に対して、それぞれ個別には名前があるけど、それら全部をひっくるめた権力者としての「皇帝」の呼び名がはっきりしない。というかたぶん、そういうものがローマに(で)は(まだ既成事実化されてい)ないという話だ。ローマ帝国の主権者は、あくまで元老院ローマ市民なんだから。皇帝という名前の独裁者を公認するわけにはいかないのだろう、という理解でいいのかな?

そもそも、なんでまたそこで引っかかるのかといえば、ローマ人の物語が日本語で書かれていて、日本語でエンペラー(→インペラトール)を説明すればそれは「皇帝」ということになるからだろう。だからローマ人の物語上でも、(権力の総称としての)ローマ皇帝のことは、単に「皇帝」と書かれて(翻訳されて)ある。で、おれはその「皇帝」という日本語の印象にひきずられてしまっている。皇帝といわれれば、なんかとにかく最強に強まった巨大帝国で絶対的な権力を持ってるスゲエ偉いひと、みたいな印象。大抵悪役でな。スターウォーズとか見ると「これだけヤバイ軍団を意のままに従えている皇帝というのは明らかに絶対的でヤバイ(まあ EP.6 まで見ると「そのわりに必殺技が電気ビリビリだけでなんとなくショボイ気も」とかいう心境になるのだがそれはさておき)」と植えつけられる。あと中国とか。なんかものすごい勢いで美女を集めて後宮を造ったりする。指一本で臣下の首をはねたりするイメージ。ひとによっては万里の長城とかも作れちゃったりする。中東の王様の印象とかもあるか。国全部が王様の所有物で、それ以外の人間は偉いのも強いのも賢いのも皆王様のしもべみたいな。なんてったって皇帝という名前が偉そうだもの。王とか大王とか帝王とかより格上ってかんじ。もうどんな雲上の存在なんだみたいな。

けどそういったおれの印象というのは日本語の「皇帝」という単語に対するものであって、ローマのインペラトールのものではないわけなのだった。当時のローマ人に、約二千年後の日本人のおれの母国語の「皇帝」という単語に対するイメージについてまで関知しろというのは道理が通らない。ローマに「皇帝」という単語はなく、インペラトールや、カエサルや、アウグストゥスはある、という話だ。そしてこのようなモヤモヤは、塩野氏の日本語術によって意図されたものに違いないと思う。読んだやつをモヤモヤさせようと、敢えてこのような噛みあいの悪い箇所を隠さず書いてあるのだきっと。そもそも「皇帝」とは、「帝国」とはなんなのかと、気になってしょうがない。

で、とりあえず「皇帝」についてお勉強。ついでに日本の「天皇」についても考えてみればよく知らんので調べてみた。どのページの内容も興味深いが、とりあえず今回関係ありそうなところだけ抜粋。

皇帝の語源は中国の伝説的君主3皇5帝からきています。

翻って天皇は「あめのしたしろしめすすめらみこと」という称号を短くしたものなんですね。漢字を当てはめたわけです。三皇五帝は3人の皇、5人の帝という意味。あ〜人ではなく天子あるいは神そのものであるわけですから柱という単位のほうが良いかな?

「皇帝」は合成語?そして「天皇」は略称?

天皇とは、中国には、天皇氏、地皇氏、人皇氏という伝説上の帝王がありまして(実は私も詳しくは知らないので、岳飛さんに熱く語ってもらいましょう)、天皇はここから由来したと考えられる一方、むしろ、天皇号はむしろ北半球で不動の星である北極星になぞらえた道教神の考えからきたとも考えられているそうです。

天皇」語源異説が。道教Wikipedia 先生ー。

天皇の語源。天皇は全てをあらわす「天」と、輝かしいものをあらわす「皇」を合わせたもの。「皇帝」もまた、天帝と同じ位であることを示すために始皇帝が用いた単語である。それ以前に夏や殷、周の諸王が「帝」という単語を至一の尊語として用いた。天帝はそれらを超えて、最上級の尊称である。

なんかまあいろいろあるかもって話ですな。ではまた「歴史共有放送局」のページに戻って、

天・地・人の三要素を「三才」といい、「三才」から世界は始まったという観念から天・地・人に人格を与えたのが三皇と。それに加えて天下を治めた五人の帝王が五帝で、秦王政が「始めて」皇と帝をつなげて皇帝と「名付け」自ら始皇帝となのった・・・と考えると理解しやすいですが・・・。

(中略)

天皇
皇帝は唯ひとりのみ、というのが唐の基本方針ですから、日本が皇帝を使うと大国唐と外交問題になってしまいます。しかし日本は唐に朝貢しながら、国内では唐を「蕃国」(蛮)と見なし、日本が本当の「中国」だと意識してました。そんなこととても唐には言えないのですが。だから皇帝級の称号で、かつ唐の目を誤魔化せる称号が必要になり、天皇号が編み出されたようです。

ま、そもそも「ローマ帝国」だの「ローマ皇帝」だのといった明治の訳語がそもそも大きな勘違いだったわけで、本来なら imperium =「ローマ市民による指導体制」、imperator =「指揮者」あたりが真相がイメージしやすかったでしょうね。

と、これは Wikipedia「皇帝」項にある文章とも絡むな。

日本政府は明治時代から第二次世界大戦終戦まで、世界の独立した君主国の君主を全て皇帝と呼称した。これは、漢字語の王や公は、天子たる皇帝に臣下の礼を取る属国の長という意味合い強く、対等を建前とする、近代的外交関係においてふさわしくないと考えられたためであると思われる。

ようするに現代のおれの「ローマ人の物語」上の「皇帝」という称号相手のモヤモヤの原因は、明治時代の日本政府にあったということか。おのれ明治。乳業。コーヒー牛乳はおいしいと思う。

家臣たちは、「むかし天皇(てんこう)、地皇(ちこう)、泰皇(たいこう)の三皇がおり、その中で泰皇が最も尊かったといいます。陛下はこの泰皇の名を取り、新しい称号にすればよいと存じます。」と言った。しかし、政は以前にあった名前を使うことが気に入らず、「泰皇の泰を取り、太古の帝号を付け皇帝と号することにする。」と宣言した。

そのほかおもしろかったページ。