塹壕炊飯

疲労がピークに達する夕方、朦朧とした頭に伊勢丹のことがひっかかりつつ、半分故意に乗り換えを誤ったおれは新宿駅のホームに降り立ったのだった。伊勢丹というタグをもうすこし詳細に書くと「伊勢丹新宿店 6F にマイメロ＆クロミのぬいぐるみが売ってあるという情報」になる。週末とかに様子を見に行けばよかった。なにもこんなヘトヘトの平日にわざわざ繁華街歩くような真似をしなくとも。マイメロの目のことを思った。あの漆黒。色ですらないかもしれない黒。黒の乗り手たちのローブの中身。冥王サウロンの影を恐れるフロドのような足取りで改札を抜けて伊勢丹へ。あった。思ったより小さい。マイメロとクロミを一対買った。「（プレゼント用に）包みますか？」と聞かれて咄嗟に「自分用なので適当でいいです」と答えられなかったのは不覚だった。脳の反射が全然おいつかなかった。「実際に起きてからでは動揺して考えられなくなる可能性が高いので、交通事故の対応マニュアルは平時から頭に叩き込んでおくべし」みたいな人生訓が頭をよぎる。そこで「はい」と答えるのは不誠実だし、だいいち店員はプロでこちらは素人なのだからみえみえの嘘などついても意味がない。それにおれは余計な包装はきらいだ。店員のひとの話ではクロミは子供に人気あるらしい。悪者が嫌われる児童アニメはさびしいと思っているので、それはいい話を聞いた。

外に出たら明治通りだったので、駅まで戻るのも面倒だ、このまま明治通り沿いに池袋まで歩いて帰っちまえという気分になった。疲れてて明日もあるのになにやってんのか。打算に生きることの面倒くささ。おれはやはり犬というより猪の血を引いているんだろう。旋回が苦手だ。トータル損でもとりあえず前方に進んでるほうがマシというその場その場の心境を優先させてしまう。そのような人間の暮らしであれば動き始める前の情報収拾と分析が大事だが、今日はすべて狂ってしまった、これもマイメロの魔力だな。新宿におびき出され、伊勢丹に誘い込まれた。そうなってしまえばおれにはもはや明治通りしかない。まんまとしてやられた。でもそのおかげで立ち寄った花園神社（http://www.hanazono-jinja.or.jp/）でお祭りを見れたのはよかった。櫓を囲んで踊ってるひとたちがたのしそうだった。日本にはこういうのもあるんだよな。