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食いだおれ関連

回転寿司

回転寿司屋に行って回転寿司をガバガバ食った。おいしかった。田舎と東京で、はっきりうまさが変わるもののひとつが魚だが、ちょっとこれはうますぎだ。回転寿司なのに。おまけにデカい。東京で食ってた回転寿司は、学校給食か何かだったんじゃあるまいかという気分だ(いや近年は学校給食もずいぶんうまいらしいという話きいたことあるけど)。北陸のほうに行くともっとすごいらしい。まじか。いままでおれは騙されていたのか。回転寿司のデファクトスタンダードが知りたい。

好きなものを守るためのマッチョイズムは贅肉だと言っている

ゲームにおけるマッチョイズムにもいろいろあって、まあ開発マッチョイズムとか、ガチ / 魅せ 論争とか、それぞれに経緯や意味があって、しかし、好きなものを守るためのマッチョイズムについては単なる贅肉だと言っている、というのもまあ、マッチョイズムなのだけども。

「おれたちが、これこそが好きだと思っているようなゲームが、今後出なくなるならば、出なくなってもいい、その業界が滅んでゆくなら、滅んでいい」と思っているということだよ。滅びを回避するための変化を受け入れようって心理は当然あるけど、それとおれの中に蓄積された嗜好のカタチは別問題だし。というか、流動する将来像を見越したリスク分散なら、当然やっているし、変化していくものを咀嚼してもいる。現実を、現在を、将来だけを、愛すべきであるとまで自己啓発する必要に迫られるほど、追い込まれていないということだ。追い込まれるようなオタ生活は送ってこなかった。準備万端で Vault にも篭れる。とりあえず、篭る道は選ばない。もっと足腰が衰えてからでも充分間に合う。

滅びへの恐怖感から嗜好を捨て去った態度を正当化するのがマーケットシェアでゲームを語る人々だ。ああなってまで守るべきスタンスだと、おれは思わなかった。どうにでも生きれるし、というより、規定されて生かされるほど、恩恵を受けてはいない。

ひと日記

犬の散歩はやらなかったが、天気がよかったので近所をほっつき歩いてきた。

  • 散歩 散歩

おれも大概田舎の人間なのだけど、このレベルの田舎に住んだことはこれまでの人生で経験がない。もっとも近いのは、曾祖母が住んでいたという家に遊びに行ったときの状況で、まああれはちょっとすごかったな、昭和終盤だったというのに電気きてなかったし。一応プロパンで風呂は涌かせたらしいが。あれよりはずいぶんと文明的な生活が可能だ。なにせ電気あるし。自販機も、集落(…そう、まさに「集落」という表現が適切なところだ)の中に一箇所あった(この 15 年ほどは「住んでる建物から徒歩 20 歩以内に自販機がない」という環境に住んだことなかったので新鮮)。まあ、東京と違って水道水がゴクゴク飲めるので問題ない。あと、コンビニは、ない。昼間は窓開けてると様々な鳥のさえずりが聞こえる。最初 PC から漏れてる環境音か何かかと勘違いしてたよ。こんなところが日本にもあるんだねー。

夕方ほっつき歩いてたら、なんか妙にフラフラ飛んでる鳥が居たのでなんだろうと思ったら、コウモリだとか。いろいろ居るもんだよ。