matakimika@hatenadiary.jp

WELCOME TO MY HOME PAGE(Fake) ! LINK FREE ! Sorry, Japanese only. 私のホームページへようこそ!

Forza Motorsport 2 体験版

XBOX Live で FM2 の体験版が公開されたァーッ!落としたァーッ!ふぉっちゃーん!ふぉあー!ほああー!

Forza Motorsport 2Forza Motorsport 2Forza Motorsport 2Forza Motorsport 2Forza Motorsport 2Forza Motorsport 2

遊んだ。おもし……ろい。っていうかなんというかすごい。すごくリアル。すごくリアルというのは、つまり自然ということだから、自然は自然体以外にないという意味では、「すごい」というような肩肘いかったようなかんじでは全然ない。まるでそれが当たり前であるかのようにリアル。さっきからリアルリアル書いてるのだがこのリアルっぽさは表現しづらい。見た目の問題ではないからだ。グラフィックについては、まあ良いというか、なんといっても 60fps であること以上の喜びはないが、素材の出来の問題などもあってそれほど革新的ではない。Forza 2 の初見で圧倒されるリアリティは、その操作感と効果音に集約できると思う。これらが本当に、目の醒めるようなクオリティ。段違いだ。これを標準にしてしまうと運転シミュレータも異常に敷居の高い世界になってしまうよ(横綱 GT のがんばりもあって、これまでだってそんなに低いものじゃなかったのに)。MS 社はフライトシミュレータに飽き足らずドライブシミュレータもジャンルとして終わらせてしまうつもりか。

  • 操作感
    • レスポンスが濃い。レスポンスに対して濃いってのもへんな話だが、そう書くのがしっくり来る。車重や慣性が感じられる操作感。以前(http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20070410#p2)「1 に対する 2 の優位として、フレームレート向上による「スピードの速すぎる車の操作感の向上」もあるはずなので、そこにも期待していきたい」とかヌルいことを書いていたが、想像以上だ。描画 60fps、の効果ももちろんあるが、物理演算 360fps がこれほどの次世代体験をもたらすとは。入力判定はさすがに 60fps なんだろうけど。
    • 振動ももちろんいい具合。振動はわかりやすくゲームにおける「手応え」を感覚させるメディアだからな。このようなゲームで避けて通るわけにはいかない部分だ。新世代機三台はコントローラの振動機能について「360 追求 | Wii 軽対応 | PS3 切捨て」というそれぞれ別の道を歩んでいて、まあそれぞれの道だなと思うが、やはり 360 の選んだ道は新規性がないぶん豊穣だなーと思った。ハンドルコトローラがくれば、今度はフォースフィードバックという効能が働いてくることになる。
  • 効果音
    • 駆動音、タイヤのスリップ音など、こちらも高濃度な情報源として具体的に機能しているように感じられるレベル。入力に対して光(映像)と音(SE)と振動(コントローラ)すべてからレスポンスが返ってくるといえばいいのか。「これやってるときはなんとなくこんな音」とかそういう大雑把な慣らし方では全然ない。
    • PGR3 はタイヤの接地音などむしろ PGR2 から後退していたよなとかいう話もあって、今作 Forza 2 でようやく本格的な 360 世代のスリップ音が聴けるーとか思っていたらとんでもない水準だった。XBOX タイトルは初代の頃から(特に各種 3D シューティングジャンルでは)5.1ch 環境でのプレイをわりと前提としていたが、Forza 2 をもって運転ゲーでも「必須」のレベルに入ったかなと思った。これを踏まえたうえで作らなきゃならない PGR4 は大変だ。きっちり操作どおりの反応として鳴っている。フィードバックの繰り返しに組み込んで良いメディアのひとつになっている。
    • あと、今回接触音がかなりイヤ。不快な音という意味ではなく、なんというのか、「シリアスな音」なのだ。壁やライバル車にぶつけてしまうと、ゴワシャアー!とか相当ショッキング。クリーンでフェアなレースを心がけたくなることうけあい。

そんなわけで Forza 2 は、これまでのドライビングシミュレータと比べて高速時の走行感が段違いに良い。圧倒的なレスポンスの質量が、最高時速 300km 近いようなモンスターマシンの呼吸さえ緻密に感覚させてくれる。今回体験版は C、A、R2 の三つのクラスの中で適当な車を選んで一つのコースを走行できる内容だったが、A や S2 のクラスの車の楽しさが印象的だった。これまでは、どうしても「下位クラスの車でまったり走るのが一番楽しい」に落ち着きがちだったんだよなー。その一線とももうすぐオサラバだな。

自分に向けられているわけではない意見を自分に向けられているものと解釈してベタに反応しつづける性癖

自分に向けられているわけではない意見を自分に向けられているものと解釈してベタに反応しつづける性癖というのは、たぶん「よく訓練された消費者」にありがちの戦争後遺症みたいなものじゃないか。いや後遺症っていうか、消費の戦争は現在形の資本主義が死ぬまで終わらないので、むしろ有意な特質とでもいうべきものかもしれないが。以前書いた、

ププー、産業に教育された消費者の目や舌は差異を見極める優れた感覚器官などではなく、搾取される側の人間に刻まれた烙印なのですヨー。

と同様の。

人間がなにに自発的に金を支払うのかといえば、それはもちろん自分が関心を持っていると思っていることについてで、そして人間はなにに関心を持つのかといえば自分に関係があると思っていることについてだから、なんにでも関心を持つひとは良い消費者になれる資質がある、あるいは消費者として「よく訓練されている」、ということができる。で、この「なんでもかんでも自分に向けられている」という錯覚は、「なんでもかんでも自分に関係がある」という錯覚が過剰になった状態に見える。

それと別の見方もできるか。「消費者として訓練された」というのでなく、もうちょっとありきたりに「メディアに毒された」とでもいうような。劇場型性格(http://mohican.g.hatena.ne.jp/keyword/%E5%8A%87%E5%A0%B4%E5%9E%8B%E6%80%A7%E6%A0%BC)みたいなのの変形で、ワイドショーコメンテーター型性格みたいな。これも以前書いた、

有名人の自意識過剰さには「自分の興味のまるでないようなことについても立場の表明を要求され続ける状況への適応(馴れ)」という原因がある気がするので、たとえ滑稽でも笑うべきではないのかも

あたりがちょっとかすってるかも。「コメントを求められる自分」に慣れすぎた著名人やコメンテータの振る舞いは傍目に自意識過剰と区別できず滑稽にしか見えないわけだが、ああいった特殊環境への適応者の振る舞いをこそ規範として自意識を形成したような(つまり最初から自意識過剰っぽいひとをゴール地点として自意識を形成していった)場合には、これは自意識過剰なつもりは全然ないのに傍目に自意識過剰にしか見えない著名人でもコメンテーターでもなんでもないふつうのひとが一丁あがりということかもしれん。でもそれってつまり「ブロガー全員」ってことだと思うんだけどまあ。

あれか、「「○○へ 100 の質問」に答えるほどベタじゃないし暇人だとも思われたくないけど(←このへんすでに自意識漏洩状態)「あえて」とかエクスキューズがつく限りにおいてはいくらでも答えちゃう準備は万端なんだけど誰も質問してくれないので勝手に答えちゃうので傍目には 100 質オタより一層ベタにしか見えないんだろうけど「あえて」ですからね「あえて」!」みたいなかんじか。「あえて」は自分内部でだけ通用するカウンターで、他人に理解を要求していい類の念仏ではないんだけど。