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ゲームと視力

最近視力の衰えを感じる。衰えたとはいってもまだ 1.0 以上はあるだろう。けど遠くの小さい文字がボヤけてきはじめており、視界がくっきりしない不満足感は拭えない。なにしろ目なんてものは基本的には衰える一方なのだろうからこればかりは誤魔化しようがなく、向き合いつづけていかなければならない問題だろう。

ところで、最近ちょっと考えたのがプレイヤ視力と PC(プレイヤキャラクタ)視力の問題だ。この問題の取っ掛かりを最初に得たのは GCゼルダの伝説 風のタクト」を遊んでいるときだった(http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20021218#p1)。

GC リンクは視力が弱い。被写界深度の調整の問題だが、おれには若干ストレスに感じられる(おれの感覚ではボケないはずの距離ですでにアンチエイリアスが強くかかりはじめてしまうので)。単に仕様の問題だろうけど、今回のリンクは毎日水平線ばかり眺めて育った子供なのにこう遠くがはっきり見えないというのはどうなんだろうと思った。

整理すると、こういうことになる。

  • 状況
    • プレイヤがゲーム内の物体を見るとき、そこには二種類の目の性能が絡んでいる。
    • プレイヤ自身の目から彼が見ているモニタまでの距離については、プレイヤ自身の目の性能で処理されている。
    • プレイヤが操っているプレイヤキャラクタ(PC)の目から対象物までの距離については、ゲーム内カメラの性能で処理されている。
      • これを大雑把に「PC の視力」と呼んでいるが、サードパーソンビューのゲームなどでは「PC のちょっと後ろにあるカメラ」からゲーム内世界を見ていたりするわけなので、厳密でない。
  • 性能差による評価
    • PC 視力がプレイヤ自身の視力より高い場合、プレイヤはある意味「自分以上の能力を疑似体験している」ことになる。
    • PC 視力がプレイヤ自身の視力より低い場合、プレイヤは「自分の能力を制限されている」ことになる。
    • それ以前の問題としては「プレイヤ視力がモニタをはっきりと結像できないほどボヤけていた場合」などがありうる。
    • 別の問題に置き換えると、「現実の風景と写真」に対応させるといいか。目の悪いひとがくっきりばっちりな写真を見た場合と、目のいいひとがピンボケ写真を見た場合。

3D のゲームは、なにかを表示しようと思ったら、2D 上のゲームと違ってまずカメラを設定して「それをどう表示するか」を指定しなければならない。ので、カメラ的な表現性能が十分に向上した 3D 以降のゲームでは、上記のような問題が生じうるということになった。もちろんゲーム内世界のほとんどは、実際に人間が目を経由して処理しているような仕組みで描画されているわけではないので、自体擬似的な言い方に過ぎなくはあるんだけど。

ここから妄想。

  • 「視点によるカメラ性能差」に着目したゲームは今後増えるようになるだろうなあという気分はある。現状だと一部のホラーアクションゲーとかでちょっとその片鱗は見えるかな?程度だけど。FPS の場合ならそれなりに専用スコープ使用とかエイリアン視点とか既に結構あるけど、まだまだ「赤色セロファン貼っただけ」的な描き分けが多いっていうか。そういうのも必要だけど、視点が変わることでものの考え方とか価値観とかまで変わって見えたりするよーな見せ方ってなんかできないものかな。結局そういうのは演出とかエフェクトとかでプレイヤに気付かせるしかないって判断なのかな。新ゼルダとかの場合、そこに「視点」単位でなく「仮面」単位でアプローチしてるってことだろうかな。もっと単純な話すれば「文系は画角は広いけど距離感がわかりづらく、あと運動苦手なのでちょっと走ってるとすぐフレームレートがガクガクになったうえにブラーまでがかってくるので注意だ!」「じじいで爆弾解体してると手元がボケちゃって苦労したよ」とかそういう性能表現として使えんかな。単にストレスになるだけかそのての「わかりやすすぎる制限や不自由」というのは。見た目って表現されているもの全部に絡むので大事すぎる。
  • なんかもう極まった映像表現のゲームとかが出る時代になったら、プロファイル作成時に「あなたの視力は?」とか入力求められたりしてな。プレイヤ毎の視力の違いまで再現!
  • もちろん同一カメラでの演出としても使える。
    • 「テストテストで毎日灰色の日々(彩度抑えめ)だけど、学校帰りのバス亭であの子を見かけたので、いまはセカイがグレアがかって見えます」
    • 「あこがれの○○センパイとすれ違ったのでポヤヤンとなって、彩度強めでポストエフェクトまでついてフルシーンアンチ強すぎ、足元がよく見えなくなってすっこけた。そしたらメガネ落としてなにもわからない状態。でもそのおかげで○○センパイが私のメガネ拾ってくれて大接近!」
    • というかこのての演出意図としての実装例は漫画の世界ではけっこうある。あの子の笑顔がキラキラしてるとか、貴族ご令嬢の背景で薔薇とか百合が咲き誇ってたりとか。ある種のシェーダーエフェクトと考えればすんなり移植可能。「好感度 MAX になると彼女から後光が!」。お釈迦様かよみたいな。

あと、根本的に現行の 3D ゲーの映像が「現実と見間違えるほどではない」理由は、人間は大抵双眼だけど、カメラは基本的に単眼だからだと思っている。重要なのは「それが現実の質感を持っているように見える」ことでなく「ありえなさそうでもなんでもいいから現実に近い立体感を伴って」いることではないかというか。近年一般流通で入手可能だった双眼視対応のゲーム機といってもバーチャルボーイくらいしか思いつかないのであれだけども。そこで発想を逆転させると「現実が FPS っぽくなくて不満だという場合、眼帯で片目を覆って(単眼状態で)生活してみればよい」というかんじか。片目だけ使ってると目が悪くなるそうなのであれだけども。非常階段とか、なんとなく FPS っぽい場所でやってみるとかなりおもしろい。