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マクロスとガンダムとビデオテープ

  • N 氏の「マクロス 7 はガンダム W が好きな人が見るアニメ」という発言をみて「あーおれ W がイマイチだから 7 もダメなのか」と思ってみたが、これはあんま筋がよくないな。「〇〇がアリなら△△もアリ」言説は、逆もまた真ではない話だからな。
  • にしても「マクロス DYNAMITE 7」は本当にわかんなかった(先日の感想日記→http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20080628#p2)。バサラには何かあるなーとは思ったんだけどなにがあるのかは見えなかった。ただ銃撃戦のさなかいきなりギターかきならして歌い始め、制止の声を聞かず殴り倒されるシーンはすげえと思った。歌ってると話しかけられても会話できないんだなーとか、当たり前のことを考えていた。たぶんあのシーンをみてるとき思考が停止していたと思う。

それはそれとして「マクロスプラス機動戦士ガンダム 0083 はどっちがどうなんだよ」的な話が盛り上がっていたので、おれも考えてみることにした。そういや二作共「軍から試作機が盗まれて(いろいろあった結果)地球が地球が大ピンチ」みたいな話なんだよな。

  • 0083 はなんとなく「幼稚だなー」ってかんじするけど別にそれが嫌いではなく、でもニナは嫌い。ガンダムヒロインでいうとカテジナは怖いけどニナは怖くなくて、ただ嫌い。この感覚は、たぶん平均的な 0083 ファンの感情と繋がっていて、そして 0083 に対して感じる幼稚さとは相反している。ニナを「ただ嫌う」という感情は、それ自体が幼稚だからだ。自分が固まっていないから、作品評価を固めることができていないのだな。
  • 0083 てガンダムとしては逆シャアの雰囲気がお手本になってるかんじがしている。だからガンダムっぽさが薄味なのかな。あと、おれが「「漢」と書いて「おとこ」と読む」系のクラスタと意図的に距離をとりはじめたのって 0083 がひとつの契機になってたと思う。
  • じゃあマクロスプラスはどうなんだというと、あっちの恋愛模様も大概だと思ってるので、どっちもどっちってことだよな。アニメでアダルトはまだ無理だわという。でも当時「INFORMATION HIGH」の CD は買った。
  • 0083 のお話がアレなのは、0083 ファンからすればむしろ美点として捉えられていると思うので、そこは批判のポイントとして(ファンには)通じにくかろうなと思う。「話なんて飾りです、偉いひとにはそれがわからんのですよ」とか嬉々としていいそう。その OFF 会光景余裕でビジュアライズできる。
  • あと M 氏が提示していた、美学投射としての「ドイツ軍系ジオンと皇軍系ジオン」という分類はとてもわかりやすく腑に落ちた。0083 は皇軍系の美学に収束していく話だから、こってり醤油味が胃にもたれるわけだ。

なんとなく一段落したところで、でも 0083 とマクロスプラスってかなりの部分スタッフがかぶってんだよねみたいな話が出てオチ。それもそうなんだけど、最近個人的に見比べて「これ強いていえばどっちがおもしろいんだろう」と頭を捻っているシリーズであるところの「カウボーイビバップ」と「サムライチャンプルー」にも、繋がっていく流れなわけだよねこれ。どっちもどっちなものをこねくりまわすのは、楽しいけどむずかしいことであるよ。それがアニオタの楽しみのひとつでもあるけど。

それと別に、先日「マクロス F の主人公が早乙女アルト(有人)なのは、戦闘妖精雪風の主人公が深井零であることへのアンサーの意味とかもあるんかのう」みたいなことをワサったら M 氏から「『マクロスプラス』あたりを踏まえると、「有人飛行」の「有人」なんでしょーから、結果的にアンサーになっていると思えなくもないですね」と返信をもらって、その後ほぼ同時に「雪風といえば、サイバーフォーミュラも結構雪風だよな」みたいな話をはじめかけてしまい、キモ!オタシンクロニシティキモ!と思ったことも、ついでにここに書いとこう(関連?→http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20070508#p1)。

最近のよしなしごと

  • ケータイに Skype が乗るんじゃなくて、Skype がケータイになればそれだけでいい。電話より「最高レスポンスがリアルタイムのボイスメッセンジャ」でよくね?とはよく思う。携帯メールより「グルーピング可能の文字チャット」でよくね?ともよく思う。
    • 電話と留守番電話のあいのこだ。同期メディア(電話)と非同期メディア(留守電)を補完するには半同期メディアが大きくなればいい。ミニブログだ。Twitter だよ。そういうものがネットと非ネットの境界を曖昧にしていく。電話のような留守番電話のような、どちらにもなり、どちらでもないような、グループチャットメディア。無作為で無数のつぶやきの吹き込まれたミニボイスメディアは、喫茶店で聞こえてくる雑談と podcast のあいのこのようでもあるだろう。といってもその仕組みはすでにあり、いまいち活用されていない。プッシュトークとかだ。なにがまずいんだろうなー。囲い込みありきではじめて成功するようなサービスではないというあたりか。音声メディアの圧縮摂取はむずかしいという(文字ほど速読や斜め読みや読み飛ばしなど柔軟な捌き方のできるメディアではない)、物理的な限界もあるにせよ。
  • クロスシミュレータはもういいから、クロスによる透け具合のシミュレータ開発に注力すべきだと思う。異方性反射で満足できるほど未明の時代じゃなくなった。
  • ネタはやがてベタに、というけど、「「二次元は三次元を超越する」言説をベタに主張するのが逆にアリ(ってことはまだ一応メタ一枚分オブラートあり)」てかんじになってんのか。本田透氏の屍を越えていけ状態。そのうち「(三次元は二次元の)下部構造ですから」とか言い出すだろう。
  • 狐といえば嫁入りだが、狸といえば寝入りだから、暢気そうな狸のほうが好きだなと思ったけど、でも狸寝入りは実際には寝入っていないわけだから、狸の暢気度は見せかけか。やっぱ狐のほうが向き合いやすそう。
  • そういや狐系ギャルが活躍するオタ作品て結構あるけど、狸系ギャル作品てあんまないよな。支倉凍砂狼と香辛料」は狼だったけど描写としては狐ぽかった。おれが知ってんのは奥瀬サキ「コックリさんが通る」くらいか。平成狸合戦ぽんぽこはどうだったんじゃろう。
  • 「ゲーム=総合芸術」言説をひさびさに見て笑った。ひとに生あるかぎり言霊もまた死なずってところだなー。
    • おれのスタンスとしては「べつに反対はしないけど賛成もしない」あたり。そんなんでよければアニメも総合芸術だし(実際おれが最初に「○○は総合芸術」言説を耳にしたのはアニメ界隈においてだ、あれも確か 90 年代前半のことだ)場合によっては漫画も総合芸術だと思うんで、呼び方を増やしているだけで、軸ブレを招くだけだと思うんだよな。バズを防ぐにしては、用語「総合芸術」はバズ性能が高すぎる。